10年ほど前のことになるが、オサムシ研究の守備範囲を国内から世界的規模に拡大して、まず最初にめざしたのが、とにかく世界中のオサムシを正確に同定できるようになってやろう、ということであった。それからというもの、毎年のように海外の博物館や研究施設を訪れ、ようやくこれまでに記載されたほぼすべての種類を検し終え、たいていのものはわかるようになった。この過程で、自ら命名記載した新種や新亜種も、100単位を優に越える。本業の論文は年にせいぜい1〜2編だが、オサムシに関する論文は多いときで年に15〜16編も書いてきたから、好きな道とは恐ろしいものである。こうした努力の甲斐あって、生命誌研究館で進められているオサムシのDNA解析においても、外国産種の同定等で少しはお役に立てることもあるようだ。

なぜ生物学の道を選ばなかったのか、と尋ねられることがよくあるが、余暇に昆虫学を楽しむ現在のスタイルが自分にはいちばん性に合っている。そもそも、標本作製によって磨き抜かれた小手先のテクニックは、微細な形成手術や不妊症の検査手技(しゅぎ)にたいそう役立っているし、また当直の晩は、オサムシの文献を読んだり新たな構想を練るうえで、恰好の時間を提供してくれる。パソコンに向かってオサムシの論文を書いていても、なんと研究熱心な先生だろう、と好意的に見られこそすれ、内職中とはゆめゆめ思われない。なにかと都合がよいのである。

ところで、オサムシの形態分類には交尾器の所見が欠かせない。なかでも、♂の挿入器を反転させると出てくる内袋という器官が、上位分類の決め手になる。いわば、虫たちのイチモツの鋳型を矯(た)めつ眇(すが)めつ観察し、その大きさ、形、模様などによって属や種を決定する、といったかなりオゲレツな世界なのである。ー方、私の専門は産婦人科なので、本業といい、サイドワークといい、なんと生殖器に縁の深い人生であることよ、と自分でもなかば呆れつつ、きょうもまた昼は人間の、夜はオサムシの“交尾器”を眺め続けている。

(いむら・ゆうき/東急病院婦人科医長)