1. トップ
  2. 季刊「生命誌」
  3. 季刊「生命誌」16号
  4. TALK 里山対談

Talk

里山対談

今森光彦 写真家 × 中村桂子 JT生命誌研究館副館長

人間が自然と関わって生きる里山。
中村副館長が,琵琶湖に近い里山に写真家・今森光彦さんを訪ね,人間と自然の関わりを身近な暮らしの中から考えます。

今森さんのアトリエで

里山というまとまり—日本中を里山に

今森

生命誌の本を読ませていただいて,私が追いかけている里山は,一つの細胞のようなものだと思いました。集落を中心に農業環境や山があり,箱庭のようなまとまりがあって,その中に生き物も生活圏を作り,ネットワークで生き生きと交わっています。

中村

里山の場合,一つのまとまりとおっしゃる中に,“人間”が入っているのが興味深いですね。

今森

哺乳類,鳥,昆虫などたくさんの生き物が,人間を頼りにして寄り添っています。僕が撮影した数だけでも1000種類を超える。人間が多様な環境を作り出して,住み心地がいいのですね。原生の自然より生き物が多い。

中村

多様性がむしろ豊かになるという点に意味がありますね。

今森

原生自然は単調で,撮影するのも案外つまらない。農業環境にこだわる理由は,そこなんです。人が作った人工の自然を彼らはじつに巧みに利用していますね。

中村

よく自然と人工を対立させて考える一方で,簡単に「自然に親しむ」という言葉を使いますね。しかし,原生林など怖いもので,和む自然は里山でしょう。水田や雑木林のある自然が,日本人の心と響き合うように思います。

今森

昔,河合雅雄さんの本の中で里山という言葉を発見して,使わせていただいているけれど,僕が伝えたいのはもう少し広い範囲なのです。都市や,そこでのツバメの巣作りも含めて「新里山」として。ドイツの「ビオトープ」のような感じを新しい日本語で伝えたかった。里山というと,山だけと勘違いする人もあります。

中村

でも,里と山の組み合わせは今おっしゃった気持ちをうまく伝えていますよ。これ以上の言葉はないと思いますが。

今森

よかった・・・。この滋賀県は全部里山といえますが,僕の夢は,もっと視野を広げて。

中村

日本中を里山にしたいわけですね。東京と琵琶湖では違う形であるにしても,生き物のすみやすい複合的な場所はどこでもあり得る。東京にもできるわけですね。

今森

絶対できますよ。そういう安心感のある場所。

中村

新幹線は人工の極みといえますが,車窓からは絶えず緑が見えます。そのほとんどは水田と山です。日本は本来全体が里山的なのですね。地球の中で,日本はなんとよい場所にあるのだろうとよく思います。北緯35度を中心に細長く海に囲まれて・・・。

今森

湿潤というのがいい。回復力がある。

水田が里山の核

中村

じつは水田ほど人工のものはないといってもよいのに,心に馴染む。この辺りが一つの鍵ですね。

今森

水田は里山環境の核だと思いますね。そこから集落と雑木林が広がっている。水系も全部,水田を取り巻いてできている。生き物にとっても水田がいちばん大事。

中村

自然の中の人間の営みである“人工”とは本来そういうものでしょう。20世紀は人工だけが切り離されたおかしな時代です。

今森

自然を尊重しながらの人工と,それを無視して頭でやることと,決定的に違いますよね。棚田は水を第一に考え,地下水を割らないようにする。井戸が涸れるから。今の農地整備事業は乱暴です。

中村

頭でやる。まさにそこが問題ですね。

今森

農業の後継者の問題もあり,耕耘機を使わないわけにはいかないことは僕にもよくわかるけど。

中村

でも改善と思ったことが,逆に破壊につながらないような工夫は必要です。

今森

それに著しく景観を変えますし。面白いことに,都会生まれの友人が初めて棚田を見てなつかしがる。日本人は,童話や歌からもイメージができているのですね。

中村

初めて見ても,原体験があるような感じですね。

今森

そう,不思議です。私自身も農家じゃないのに,初めてこの谷にカメラを抱えて迷い込んだ時はほんとうに感動しました。以来とりつかれています。でも,滋賀県でも雪の少ないこの辺りは溜池が非常に多かったのですが,整備事業で10分の1くらいに減ってしまった。道をまっすぐにして田の面積を広げ,水は琵琶湖から汲み上げるので溜池はいらないというのです。でも,生き物は困る。タガメなどの水生昆虫が激減しました。

中村

里山環境全体としては,必要だという判断をしなければならないのに。

今森

溜池の利用法はものすごくある。農家の人の話によると,こうした溜池に水草などを植えてもあまり支障はないということです。美しい溜池を作ろうと思えばいくらでもできそうです。じつはこの辺りも2年前,溜池が1個だけになったのですが,農家の人に呼びかけて,水草を入れる計画が通りました。

里山を守る

中村

一つ成功すれば提案しやすいですね。

今森

今,農家の人たちがそういう目をもち始めています。以前はたんぼで写真を撮っていると変人扱いでした。土地測量と間違われたり。

中村

私も農家の方の作文の審査をしていて,意識の変化を感じます。まず女性から,アイディアを出し,生きがいをもつ動きが出てきました。それに比べて男性は,合理化一辺倒でしたが,ここ数年,特産物を売り出すなど地域密着型の総合産業を目指す人が出てきました。

今森

この辺の人は,もう米を作らない,やがてたんぼも別の人が作るだろう,そう言ってますね。ただ土地を所有しているという考え方です。ここは景観がいいし棚田が残っていて,自慢できる財産なのに。

中村

文化財保護や環境庁の名水や名木指定のように,農林水産省が,長い時間かけて作りあげた農業の場所を応援して,新しい型の産業,地域の生活を作るようにしたいですね。

今森

そう,地元の人の意識は高く,いろいろ可能性はあります。ただ,維持が大変なので,運動だけではダメ。田は米を作るからまだいいけれど,雑木林が致命的です。写真集にも入れたあの見事な雑木林は,椎茸栽培家が管理しています。原木も全部自分で賄っているので,カブトムシがたくさんいる。

中村

椎茸は経済的には?

今森

最初はよかったけど,今大変です。経済的に成立しないと里山は守れないので,そこを皆で支えなければならない。何か新しいことないかな。こういう環境を精神的に求めている人は増えているのは確実ですから。

中村

椎茸が駄目になると炭も難しいでしょうし・・・。

今森

雑木林が駄目になると,カタクリもギフチョウもカブトムシも消えるんです。そのほかにもいろいろと…。どんどんむしばまれていますよ。ほとんどの人が知らない間に。

中村

ここは新幹線から近く,大阪,京都と,都会も近いし。

今森

近いので,開発や買い占めなどいろいろあります。ニュータウン構想が18年前にできて,大手建設会社が谷を全部埋めて平坦にしようとしています。環境アセスメントの見直しを要求しても契約済みでダメという。

中村

木を全部伐って平らにし,買った人が小さな木を植えるというスタイルがどうしていつまでも続くんでしょう。

今森

木に対して無感覚。棚田のへりのたくさんの柿の木やくぬぎを,整備事業で全部切ってしまいました。柿は鳥の食料なのに。それと稲木が消えましたね。ムクドリもカケスも稲木を伝って移動するんです。オオクワガタもそこに産卵する。

中村

稲を干すだけでなく,生き物に必要だったのですね。

同じだけど違う

中村

人間と生き物はそういう知恵を分かち合っている。生命誌は,細胞やDNAの本質を知って,人間も,クワガタも,柿も,基本的に同じだと理解したうえで,それぞれの違いや相互の関係を知ろうとしています。生物学も,実験室の中でモデル生物を扱うのが主流でしたが,これからは,本当の自然を知る科学になると思います。専門家とアマチュアの境目も再びなくなるでしょう。自然と実験室とが繋がって,一体化していく方向が大きな流れです。私たちは,それを意識的に強く進めようとしているわけです。

今森

なるほど,そうなのですね。生命誌研究館のオサムシ研究なども。

中村

ええ。アマチュアとプロが一緒になったオサムシプロジェクトなど,しっかりした手応えがあります。

今森

同じで違うという生命の捉え方が面白いですね。さらには普遍の中の個性。アゲハチョウでも,ここのは土の肥えた独特の匂いがあり,顔が違って見える。この里山で僕がやりたいことの一つは,匂いを取り戻すことです。湿度感とか空気感,微生物が活発に活動する腐敗したような匂いです。そこに祭りの太鼓の音など聞こえて。それをまとめて写真で表現し,多くの人に見てもらいたいのです。

中村

嗅覚はもっとも古い感覚で,しかも一番失われてしまったものですね。他の生き物ともっとも深く繋がっている感覚で,視覚などより共通性が大きいのに。最近は無臭がいいと消臭剤で何でも消してしまう。都会ではトイレや台所のものも遠くへ捨てて知らん顔です。排泄物や生ごみは上等の有機物なのに。整備事業や乱開発は,一部だけ見ればよいかもしれないけれど,全体や長い時間をとると落第。

今森

僕は,匂いや音,生き物の環境や関係性を撮りたいですね。

中村

すでに今森さんの写真には匂いや音が感じられますよ。

今森

封じ込めるのです。ものの命を撮る。命を吹き込むということでしょうか。生き物の暮らしだけでなく,本当に生きているということをしっかり把握して表現したい。

中村

写真は対象や素材も含めて,撮った人が現れますね。

今森

写真は偶然写ったということはありえない。見たものしか撮れません。撮る側の視点が如実に出ます。写真家が見ていなかったら,そこは写っていない。入っているけれども写ってない。写真家がそこを見ているかどうか,すぐポジションがわかる。滞留した時間もわかる。怖いぐらい。だから,写真って面白いのです。

(撮影❷❹=今森光彦,冒頭の写真・❶❸❺=外賀嘉起)

今森光彦 (いまもり・みつひこ)

1954年,滋賀県生まれ。昆虫を中心に,自然を追う写真家。とくに里山の自然に魅せられて撮影を続けている。写真集に『スカラベ』(平凡社),『今森光彦・昆虫記』『世界昆虫記』(福音館書店)などがある。

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

季刊「生命誌」をもっとみる

オンライン開催 催しのご案内

その他

4/5(金)まで

桜の通り抜け(JT医薬総合研究所 桜並木) 3/26〜4/5