人は、食べて生きている。
食べ物を通して、人々の生活の共通性と多様性が見えてくる。
塩なし漬け物がつなぐ世界。


ナガランドの台所 (アンガンバ村)。 タケノコの皮をむく (ゼリアン・ポイリア村)。 ナガランドの伝統的家屋。 祭りの盛装をした男性 (口夕・ロンサ村)。 タケノコの漬け汁を入れたジュースのビン (アオ・ユヒマ村)。 プラスチックの容器につめたタケノコの漬け物 (アオ・ユヒマ村)。

京都の古い町屋では、ひねたタクアンを煮物にして食べることがある。漬け物桶の底に残った古いタクアンの廃物利用であるが、皮肉屋で、ひねくれた京都人たちは、この料理を「ぜいたく煮」とか「大名煮」とか命名している。

漬け物は生で食べるもの、という固定観念にとらわれた現代人にとっては、ゲテモノに近い食べ物と受けとられがちである。しかし、もともと漬け物は料理材料ともされる保存食品であった。東北地方では、野菜のほかに山菜を乾燥させたり、塩漬けにしておき、青物にとぼしい冬の料理の材料にしてきた。水に漬けて戻したり、塩出しをしてから、煮炊きをして使用したのである。

冬は雪に覆われる場所や、山がちの地方では、山菜が漬け物の材料として重要である。耕作可能地が限定されている山地では、耕地にはなるべく主穀作物を植えるので、野菜の栽培にまわせる土地が少ない。そこで、植物の新芽やタケノコ、キノコなど特定の季節に大量に採集可能な野生植物を塩漬けにして保存することが発達したのである。長期間おいた漬け物は酸味がするが、これは乳酸発酵しているからである。塩の防腐効果だけではなく、乳酸発酵が漬け物を保存食品に仕立て上げているのである。雲貴高原からインドシナ半島北部の山岳地帯を経てヒマラヤ南麓にいたる一連の地帯では、現在でも野生植物の漬け物作りが盛んである。この地帯のなかにあるナガランドで調査したことがある。

ナガランドはインドとミャンマーの国境に位置する山国である。そこは、インド領でありながら、東南アジア系の民族の住居地域となっている。この半世紀のあいだ、住民たちはインドからの独立を求めて戦ってきた。現在でも、独立運動の地下組織とインド軍の衝突事件がしばしばあり、死者も数多く出る。そこで、外国人の立入禁止地帯に指定されている。3年越しのインド政府との交渉の結果、私たちは禁断の地で調査をすることに成功した。

食文化を専攻する私は、ナガランドの食品や料理の方法を調べるために、たくさんの台所を見てまわり、どの台所にも大量のタケノコの漬け物がおいてあるのを発見した。

タケの種類によってタケノコの生える時期は異なるが、8~9月が最盛期である。このときジャングルに野生しているタケノコを集める。皮をむいて、小片に切ったあと、臼でついて柔らかくする。竹籠にバナナの葉を敷いた容器や、プラスチックのバケツに入れ、重石をかけて半月以上おくと、タケノコの漬け物ができる。そのまま1年間くらいは保存できるし、漬けたあと天日で乾燥させると2~3年はもつという。酸味がつよく、メンマ(シナチクともいう)と同じ臭いがする食品である。これを煮物料理に入れるのである。

漬け物作りの際、重石をしたタケノコから出る液体を採取してビンに入れておく。汁気の多い煮物料理を作るときには、このタケノコ汁を少量入れる。すると料理の味がよくなるという。このタケノコ汁を持ち帰って分析してもらった結果では、乳酸の量が多く、グルタミン酸などのアミノ酸もけっこう含まれていることがわかった。メンマの臭いのほかに、酸味とうまみ調味料としての機能をもつ食品である。

ナガランドには塩を使用した漬け物はない。タロイモの葉、カラシナの葉に重石をかけて作る漬け物があるが、これも無塩発酵である。インドの塩が出まわるようになるまで、塩は貴重品であった。人里離れた山奥に小さな塩泉があり、そこで作った塩は重要な価値の高い交易物資であり、漬け物作りに使用するにはあまりにも貴重品であった。

先に述べた野生植物の漬け物をよく作る地帯でも、事情は同じである。そこには、タケノコのほかに、タイ語でミェンという無塩発酵の茶葉の漬け物があるし、タカナなどの野菜を塩を使わない漬け物にする。乳酸発酵食品ではないが、塩を使用しないダイズの発酵食品――納豆をよく食べるのもこの地帯である。

塩を得がたい地帯であるから、もともと塩漬けにして作るべき漬け物が、塩なしの漬け物に変化したのか。それとも、無塩発酵の漬け物が、現在の漬け物の先行形態としてあったと考えるべきか。

私は後者の立場をとりたい。そうすると製塩技術の発達以前、栽培作物としての野菜作りの行なわれる以前から、一時期に集中して得られる野生植物の保存法としての漬け物があったとしてもおかしくはないことになる。

縄文人は漬け物を食べていただろうか?

ナガランド地方の地図。

いしげ・なおみち
1937年千葉県生まれ。京都大学文学部卒業。塩辛と魚醤の研究で農学博士号取得。現在、国立民族学博物館長。食文化研究の第一人者。『食卓の文化誌』(岩波書店)『文化麺類学ことはじめ』(講談社文庫) ほか著書多数。

(写真提供=石毛直道)