1. トップ
  2. 季刊「生命誌」
  3. 季刊「生命誌」18号
  4. Science Topics 匂い識別のメカニズム

Science Topics

匂い識別のメカニズム

吉原良浩+森憲作

「うーん、いい匂い」。近所の焼肉屋の前を通るとき、私の嗅覚系は活発に機能する。対象物から空気中に発せられた匂い分子が私の鼻に吸い込まれ、嗅細胞(匂い分子の受容細胞)を刺激し、その情報が脳へと伝えられ、「うまそうな焼肉」と認識され、運動ニューロンを介して私は歩を進め、店のドアを開ける(これじゃまるで線虫だ!?『生命誌』14号・バーグマン博士の記事参照)。近年、この嗅覚に関する研究が飛躍的に発展しつつある。

視覚や触覚・温度感覚などでは、外界から入った空間的情報は、そのまま相対的に維持されて脳へと伝わる。一方、嗅覚では匂いのもととなる分子はランダムに混じりあい、空間的情報はない。匂いの情報は、どのように認識され、整理されているのだろうか?

匂いの情報が脳に伝わる仕組み(マウスやラットなどの哺乳類の場合)

①鼻の中に入った匂い物質(分子)は、嗅上皮の表面にある嗅細胞のもつ受容体に結合し、興奮を引き起こす。この情報は、嗅細胞から伸びた軸索を経由して、脳の一番前にある嗅球の中の糸球と呼ばれる部分に伝えられる。その後、大脳へと情報が伝わっていく。

マウス、ヒトなどの哺乳類は約1000種類もの匂い分子受容体の遺伝子を染色体DNA上に備えている。鼻の奥の嗅上皮に存在する数千万個の嗅細胞のそれぞれは、その1000種類のレパートリーから、たった1種類の匂い分子受容体を選択して発現する。「どんな匂い分子が、鼻の中の受容体とくっついたか」という情報は、この時点で「どの嗅細胞が興奮しているか」という情報に置き換わるのである。

次は、これが脳へどうつながるかだ。

これには鼻から脳へと投射する嗅神経の配線様式が重要な役割を担っており、現在までに次の2つの配線原理が見出されている。

 (1) 嗅上皮における匂い分子受容体の発現分布は、4つの領域(ゾーン)に分かれ(⑥)、特定の受容体はそのうちの1つにだけ分布している(②~⑤)。脳の側で最初に嗅覚の情報を受け取る嗅球にも4つの領域があり、対応する領域間でのみ嗅神経がつながっている。さらに、各領域は異なる化学的性質をもった匂い分子の情報に対応しているのではないかと予想されている。

 (2) 同じ種類の匂い分子受容体を発現する嗅細胞は、嗅上皮全体で約5万個あるが、そこから伸びる神経線維は集束し、嗅球にある2000個の糸球(嗅神経の軸索が、次の神経細胞とシナプス連絡している場所)のうち特定の2つのみとつながっている。

このような巧妙な配線様式によって、脳は結局「嗅球のどの糸球に匂い分子の情報が送られてきているのか」を知ればよいわけである。

以上のように、嗅球に存在する約2000個の糸球が匂い分子受容体のマップ、あるいは受容体に結合する匂い分子の構造のマップとなっていることが明らかとなってきた。次の大きな問題は、このように分類・整理された匂い分子の情報を脳がどのように「焼肉」として統合するか、である。嗅覚系の研究はどんどん脳の奥深くへと進んでいく。

嗅上皮の中の4つのゾーン

嗅上皮には、半同心円上に広がった4つの領域がある(⑥、輪切りにした嗅上皮の断面を示している)。②~⑤は、各ゾーン一種類ずつの受容体の発現をin situ ハイブリダイゼーション法により調べたもの。特定の受容体をもっている細胞(嗅細胞)は、1つのゾーンの中に分布していて、2つ以上のゾーンにまたがって存在することはない。(写真 = 吉原良浩)

(よしはら・よしひろ/大阪医科大学医化学助教授、もり・けんさく/理化学研究所ニューロン機能グループディレクター)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

季刊「生命誌」をもっとみる

オンライン開催 催しのご案内

シンポジウム

9/17(土)14:00〜16:00

「昆虫4億年」今森光彦講演会&永田和宏対談