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Special Story

オサムシから進化を語る

日本列島のオサムシ相形成史:富永 修

「バッハは小川(バッハ)ではなく、大海(メール)である」とベートーベンは言い、「バッハは終局である」とシュバイツァーは書いた。しかしバッハは、流れを集めて再び注ぎ出す大きな湖なのだと思う。生命誌研究館で行ったオサムシの共同研究もこれに似ている。個性も歴史も異なる個人(小川)が、1つの目的のために結集し、個人レベルではなし得ない研究(湖)を完成させ、それを糧に再び独自の河川となって流れ出る。どんな湖ができたか、なぜオサムシで、なぜ分子系統なのかを語ろう。


日本中をくまなく採集していると、妙にオサムシの影の薄い所がある。とくに他と違った環境でもないのにオサムシ相が貧弱、すなわち、種類や固体数が少ないような場所のオサムシは、同種なのに何か違うぞという感覚をもっていた。こういう場所のオサムシは、DNAには変化がありながら、形態はあまり変わっていないことがあると知った。一方、小さなせせらぎの両側で形態や色が異なったり、種類が入れ替わるような変異の豊かな所では、DNAの違いはあまりないのに、急速な形態変化が起きている。

長い間、自然の中でオサムシとつき合い、その分類をしてきた私にとって、形態変化に惑わされず、系統と分岐年代をはっきりと見せてくれるミトコンドリア(mt)DNAによる系統解析は、新しい世界を開いてくれた。

しかし、目で見たもの以外は信じられないのが人間というものだ。そこで化石が登場する。オサムシ亜族の化石としては、900万~600万年前(中新世末期~鮮新世)の化石種タツミトウゲオサムシ(オオオサムシ亜属の仲間)が日本で一番古い。しかし、これまで現存のオサムシは氷期以降(300万~200万年前以降の比較的新しい時代)に入ってきたものと考えられていたので、この化石が本当にオオオサムシ亜属かどうかは疑問があった。しかしmtDNAによる系統樹で、オオオサムシ亜属は、1500万年前日本列島形成時に存在していたグループとされるので、900万~600万年前の化石が出て当然である。300万年以降の第三期鮮新世末から第四期更新世にかけては、オオオサムシ亜属、マークオサムシ、セスジアカガネオサムシ、セアカオサムシなどの化石が見つかっている。これらの化石の種と年代も系統樹と矛盾していない。今後さらに古い化石が発見されると楽しいと期待している。

 (左)タツミトウゲオサムシ
    Carabus(Ohomopterus) sp.FA
    鳥取県八頭郡佐治村辰巳峠産(約900万年前)(提供=大阪市立自然史博物館)
  (右)マークオサムシ
    Carabus(Limnocarabus) clathratus ssp.
    三重県桑名郡多度町力尾産(約175万年前)(提供=林 多成)

(とみなが・おさむ/大阪府職員)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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