季刊誌「生命誌」通巻29号

Talk

宇宙を伝える場・生命を伝える場

毛利衛 宇宙飛行士・日本科学未来館館長
中村桂子 JT生命誌研究館副館長

なぜ人は宇宙に行くのか?
永い生命の歴史の中で、それは必然だと実感した宇宙飛行士の毛利さん。
生命を、地球誌、宇宙誌の中で考えたいという生物学者の中村副館長。
その自然観を伝える新しい場つくりを考えます。


生命誌研究館ホールの作品「瞬・生」(崔在銀作)の前で。

高校生の質問

中村--
 今日は中・高校生を対象にした講演をなさった帰りに研究館にお寄りいただいて。生徒さんたちはいかがでした?
毛利--
 県主催で1000人ほど集まりました。「宇宙でも月食はあるのですか」という質問が来たのですが、私がていねいに説明してもわかってくれないので、「君、自分が考えたの」と聞くと、理科クラブの先生から言われたと正直に言うんです(笑)。その先生に「どうしてこれを質問させようと思ったのですか」と聞いたら、「県の教育委員会からそう言われたから」(笑)。まじめなよい生徒とよい先生なのですが、いろいろな問題が学校現場にあるなあと感じました。本当の現場を知り、そこと接することの難しさがある。それを超える場を作らなければいけません。
中村--
 理科離れなどと一言で言いますけれど、一人ひとりと話すととてもよく考えている生徒が少なくないと思うのです。それを潰しているところがありますね。
毛利--
 「技術開発は国の間でものすごく競争してやっているのに、なぜ宇宙になるとみんな協力してやるのですか」という質問はなかなかよいと思いました。「人類が宇宙に行く動機がわかれば、なぜ協力できるかがわかる」と答えたのですが。宇宙の地球にある海の中に生命が生まれ、複雑化多様化して陸地に上がり、空を飛ぶものもできた。空の次は宇宙。宇宙に行けるのは、いろいろな生き物の中で、科学技術をもった人間だけであり、これは生き物の一つの方向をもった流れだと説明したのです。だから人間として協力する動機がある。
中村--
 それはまさに、生命誌を踏まえた宇宙開発の考え方ですね。科学技術の開発は自然と対立するものとされてきましたけれど、その時代は終えなければいけない。生命誌、地球誌、宇宙誌として自然を学び、その中の生き物の一つとして、新しい技術を生み出していかないと人類滅亡にもなりかねない。人類としての新しい挑戦ですよね。

死を意識することは生を知ること

毛利--
 生命をおびやかす飢餓や戦争は、もちろん望ましいものではないけれど、死を意識することで自分の生存を確かめ、さらに伸びていこうとする感覚を与えると思うのです。それは今、日本にはありません。死の意識は、生物として生き永らえるために必要なことだと思うんです。それがちょっと弱くなっているのが、日本人の個々のエネルギーが弱まっている原因ではないかとさえ思います。宇宙をめざすには、やはり死を覚悟しなければならない。死を意識させるために人間を宇宙に送るという考え方もあります。
中村--
 なるほど。死は、たしかに生きることと一体です。生き物の歴史は、多様化した繁栄の歴史とも見えますが、一方で、絶滅の歴史でもある。種だけでなく個体も世代交代は必須だし、個体内でも体が機能しようとすると、どこかで死んでくれないと困るものがある。細胞が死んで5本の指ができる(アポトーシス)ことはよく知られていますね。また生きるには他の生物の死が必要です。食べるための死も身近にあったのに、それを日常から消してしまった。戦争も今はボタンを押すと、何千キロも遠くで大量の死が起きてしまう。それは本来の死の感覚とは違うので、身近なところでまず死への感覚を取り戻すことが大切でしょう。
毛利--
 死の意識時にも、個人的なものと、社会的なものがあると思うのです。次の時代に、人類全体として生きていけるかどうかという。死ぬことは個人的にはダメージかもしれないけれど、社会的には次への模索。1986年に起きたスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故は個人の死ではなくて、社会的に認識される象徴的なものでしょう。科学技術が関与するが、最終的に尊いのは人の命だということを、絶えず社会として挑戦していくのだという認識ですね。
毛利さんと一緒に宇宙に飛んだオサムシ君(右下)と再会。
『生命誌』28号参照
中村--
 NASAでの生活は死を賭けてのもので、平均的日本人とは違う感覚を実感する体験だったのだと、お話から感じます。
毛利--
 身近なものでも、交通事故で年間に1万人ぐらい死んでいるけれど、死ぬから車を使うのはやめろとは言いません。でも日本でチャレンジャー号のような事故があったら、人が死ぬからやめろという発想になるでしょう。
中村--
 アメリカの反応はどうだったのですか。
毛利--
 軍人と同じです。軍人はお国のためですが、チャレンジャー号の場合は人類のための死と考えて、それを乗り越えていこうという気持ちが強いですね。そのための意識は本当に違いますね。
中村--
 宇宙飛行士の体験からの死の意識の考察は貴重で、日本でも考えるべきことですね。

科学館をつくる

中村--
 毛利さんから、日本科学未来館の館長のことでご相談をうけた時、体験を生かしていただきたいと思いました。
毛利--
 科学が興味ある自然を解き明かしたいという純粋な気持ちでできる時代は過ぎて、質的に変わりつつありますね。研究がすぐ社会で利用され、時にはそれが環境破壊を生み出すこともある。だから科学の不思議発見という面白さとは別に、社会から責任を問われる。
 宇宙開発はすごいお金を使っていますから、私は社会に向けて何かしたいという気持ちが非常に強い。もう一つ、日本人がしたことのない分野で何かを作り上げていき、認められたいという気持ちもあります。自分の考え方を理解してもらいたいのです。面白い経験をしたらそれを話したくなるものだと思うんです。だから科学館の仕事は個人と社会的な責任との両方からの思いです。それと、今社会を変えられるんじゃないかと思うことがあります。その時に、自分が少しでも効果的なことができるのなら、次の世代のためにそうしたい。宇宙は若い人があこがれる。それならば、それが自分に課せられたやりがいでもあり、自分でも面白い。生命誌研究館はぜひ参考にしたいのでいろいろ聞かせてください。
中村--

毛利さんと展示を案内する副館長。
 研究館というコンセプトが私のところの特徴です。英語でリサーチホールですが、これは科学のコンサートホールです。音楽は興味深いことにplayと言いますでしょう。一流の専門家が “遊ぶ” とそれを社会の人々が一緒に楽しむ。科学もこれでいきたいと思いました。“遊ぶ” ということはいい加減なことではない。真剣なことなのだという価値観ももちたいですし。
毛利--
 理解できる層にまず伝えるのですね。
中村--
 国ではありませんから、興味のない人まで全員教育せねばならぬという義務感ではなく、遊んで楽しむことから広がってきたと考えています。
毛利--
 高い意識をもった人の科学的能力をさらに伸ばしてゆくことと、できるだけ多くの人々に科学を普及していくことを同時にできないか。主張したいことはあまり迎合してはいけないけれど、底辺が広くなければ頂上も高くなりません。そういう発想をどうやって両立させるかがいちばんのポイントなのでしょうね。
中村--
 確かにそこがもっとも大事ですね。大学生や大学院生は自分の仕事しか興味をもたないという、かなり視野の狭い状態で、広くものを見る教育がなされていない。生命誌研究館の一つの狙いはそこですが、同じことを小学生もお年寄りも楽しんでくれています。

科学を伝える

毛利--
 この間、民放で日曜のゴールデンタイムに科学番組を流していました。ガス管が突如爆発したのはなぜかというもので、顕微鏡で見ると微生物がいたのですが、難しい好気性細菌と嫌気性細菌の名前が出てきて、日本人の科学に対する興味のレベルは高いなとびっくりしました。

「骨格から生き物の歴史が見えてくるんです...」
中村--
 好奇心はありますね。だからそれに上手にアピールするといいのですが、ここがまた難しくて、面白おかしくやろうと思うといい加減になりがち。正確にやろうと思うとわからなくなります。そこで「研究の表現」というところから始めているのです。これって大変ですけど、若い人たちがいろいろ工夫してアイデアを出してくれて楽しいですよ。
毛利--
 この『生命誌』は科学を伝える役割を果たしていますね。
中村--
 『生命誌』の場合、生物の研究として質の高いものをできるだけ美しく伝えると同時に、自然そのものを考えたり、地球誌、宇宙誌の中に人間の暮らしを位置づけたいと考えていますので、自ずと芸術なども扱います。
毛利--
 私も、なぜお金をたくさん使って宇宙に行くのかを説明する時に使うのが、生命の流れです。私が宇宙に行ってみて、なぜそういう必然性があるかということを、長い歴史の中で考えるようになった、自分自身少し悟ったところがあるのです。
中村--
 今後、ご一緒にやることがたくさん出てきそうで楽しみです。
もうり・まもる
1948年北海道生まれ。北海道大学大学院理学研究科修士課程、南オーストラリア州立フリンダース大学大学院博士課程修了。北海道大学工学部原子工学科助教授を務めた後、85年に宇宙飛行士(搭乗科学技術者)候補者として選定され、宇宙開発事業団入社。92年エンデバー号で宇宙飛行。宇宙で微小重力実験や生物実験に取り組む。2000年、搭乗運用技術者として再びエンデバー号に搭乗。2001年7月開館予定の「日本科学未来館」館長に就任。

(写真=桑鳥昌志)
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