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RESEARCH

昆虫と植物が作る生態系の基盤

蘇 智慧DNAから共進化を探るラボ

陸上で最も多様性を誇る動物群は昆虫です。昆虫は植物と関わり合って、生態系の基盤を作っていきます。昆虫や植物のゲノムを比較することで生きものの進化の物語を読み解き、多様な昆虫が暮らす生態系が生まれてきた過程を知ろうとしています。

1.昆虫の起源を探る

昆虫類(六脚類Hexapoda)は無翅昆虫類と有翅昆虫類に大きく分けることができる。無翅昆虫類は4目(カマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目とシミ目)、有翅昆虫類は27目に分類される(図1カマアシムシ、トビムシ、シミ、カゲロウの写真)。従来、昆虫類の進化系統関係は、化石に基づく古生物学的事実を基礎にして、現存生物の比較形態学、発生生物学、さらには古生態的な条件を考え合わせて推定してきた。こうして提案されてきた系統樹はいずれも、有翅昆虫類は無翅昆虫から生じ、翅を発達させて進化してきたものとしている。

(図1) 昆虫類(六脚類)は無翅昆虫類と有翅昆虫類に分けられる。

しかし近年、さまざまな分子(核、ミトコンドリアDNA)を解析、比較した系統解析がなされた結果、昆虫類を含む節足動物門の系統関係は従来言われてきたものとは異なると考えられるようになった。まず、六脚類は多足類(ムカデなど)にもっとも近縁であるとされてきたが、さまざまな遺伝子の配列を解析して節足動物門の系統関係を再構築したところ、六脚類は甲殻類(エビ、ミジンコなど)に近縁であることが明らかになったのだ。これは、六脚類が多足類から進化してきたのではなく、甲殻類を起源としていることを示している(図2)。

(図2) 節足動物のおおまかな系統関係

六脚類は、エビなどの甲殻類に近縁であることが分かったが、六脚類の中のトビムシが甲殻類より以前に分岐し、六脚類が多系統である可能性が示唆された。

一方、六脚類内部の進化については、ミトコンドリア遺伝子に基づく系統解析の研究からトビムシがミジンコなど甲殻類より以前に分岐し、六脚類は多系統であることが示唆された。もしこの指摘が正しければ、六脚類の上陸は一回ではなく、少なくとも二回以上であることになる。しかし、この結果は系統解析の方法によって変わるなど信頼度が低い。無翅昆虫類の系統的位置を確実に決めなければ、六脚類の起源を語ることができない。私たちは、六脚類の共通祖先が一度だけ陸上に進出したのか、それとも複数の系統の祖先が独立に複数回上陸したのかという問いに答えることを目的として、研究を行なっている。

専門家やアマチュアの方々の協力を得て無翅昆虫類、有翅昆虫類、甲殻類や他の節足動物の材料を入手し、3つの核遺伝子を用いて系統解析を行なった。その結果、シミ目が有翅昆虫類と最も近縁であること、六脚類が単系統である可能性が高いことが示された(図3)。今後は、多数の核ゲノム遺伝子を比較することで無翅昆虫類の正しい系統的位置を明らかにし、昆虫の起源、系統と進化を解明していきたいと考えている。

(図3) 節足動物の3つの核遺伝子配列を組み合わせた系統樹

有翅昆虫と無翅昆虫がまとまり、六脚類が単系統である可能性が高い。



2.地域で違う?昆虫と植物の共生関係

生物の多様性を生み出す大きな原動力は、地球生態系の中での生物同士あるいは生物と環境との相互作用である。昆虫と植物との間には、送粉、産卵、食と被食などによって共生あるいは寄生関係を築いている場合が多い。中でもイチジク属植物とイチジクコバチとの共生関係はもっとも種特異性の高い例の1つである。イチジク属植物の花はイチジク状花序(隠頭花序)と呼ばれる花の集合体(花嚢という)である。花嚢の内壁に小さい花がたくさん咲いており、外からは見えないのである。しかも花嚢はほぼ閉ざされており、先端部にある小さな開口部もたくさんの鱗片に覆われていて、花粉が自然に花嚢を出入りすることはできない。そこで、イチジク属植物はイチジクコバチの力を借りて花粉を運ぶ特殊な受粉システムを発達させたのである。このシステムは、イチジクコバチにも利益を与えている。花粉を運搬する一方、イチジクコバチは花嚢に産卵し、幼虫は子房の一部を食べて育つ。両者の間には、「子孫を残す」という共通利益のもとで、切っても切れない相利共生関係が築かれているのだ(図4)。

(図4) コバチとイチジクの生活史

(季刊「生命誌」32号より抜粋)

特に興味深いのは、一種のイチジク属植物にただ一種のイチジクコバチが花嚢に入り送粉する「一種対一種」関係にあることだ。このコバチを送粉コバチと言う。送粉コバチはイチジク属植物の花嚢から発する揮発性化学物質を認識しているらしいが、種特異性をもたらしているしくみはまだ分かっていない。

ほとんどのイチジクの花嚢には、送粉コバチのほかに、産卵だけして花粉を運ばないイチジクコバチ、つまり非送粉コバチが見つかる(図5)。 非送粉コバチは、一種のイチジク属植物に一種のこともあるが、多種寄生していることも少なくない。イチジク属植物、送粉コバチ、非送粉コバチという三者の間には、極めて複雑かつ興味深い関係が築かれている。私たちはこれらの関係の成立、維持、崩壊のメカニズム、種分化や多様化に与える影響などについて研究を進めている。

(図5) イヌビワの花嚢に卵を産みつける寄生コバチ(Ω食草園にて)

[撮影:藤田美子]

イチジク属植物は東南アジア、アフリカ、中南米など熱帯を中心に約750種が世界中に分布している。私たちは、葉緑体 DNA、ミトコンドリア DNAおよび核DNAを用いて、メキシコ産、日本産と中国産のイチジク属植物とイチジクコバチの系統関係を調べ、一種対一種の関係を維持しながら同調的種分化が起きていたかどうかを探っている。その結果、日本産のイチジク属植物とイチジクコバチは、厳密な一種対一種の関係にあり、両者の分岐は見事に一致することが明らかとなった(図6)。

(図6) 日本のイチジク属植物とイチジクコバチの共進化

一方メキシコ産では、種が同じイチジクでも地域によって異なるコバチが共生していることが分かった。メキシコでは日本のような厳密な共生関係はまだ成り立っておらず、柔軟な関係にあり、宿主転換が起こっている段階にあるのかもしれない(図7)。現在はイチジクコバチの系統関係しか分かっていないため、今後はイチジク属植物がどのように分岐したのかを解明し、両者がどのように共進化してきたのかを明らかにしたい。

(図7) 日本とメキシコでのイチジク属植物とイチジクコバチの対応関係

さらに日本のイチジク属植物とイチジクコバチにも興味深い例外を発見した。ある送粉コバチが、宿主種以外の別種の花嚢に入ることが出来るのだ。本来の宿主種が近くに存在しない場合に、このような現象が起きるのではないかと思われるのだが、採集できたコバチはすべて親コバチであるため、産卵できたかどうかは確認していない。

今後は、送粉コバチ、寄生コバチの詳しい系統関係を調べると共に、日本産イチジクコバチ、中国産イチジクコバチ、メキシコ産イチジクコバチを中心に宿主転換の可能性を探り、それが転換機構および種分化に与える影響についての理解を深めたい。

 

蘇 智慧(そ・ちけい)

1994年名古屋大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士。2000年に日本遺伝学会奨励賞を受賞。JT生命誌研究館奨励研究員、同研究員を経て、2003年より主任研究員。

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