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RESEARCH

幼虫が昇る「大人への階段」

大原 裕也静岡県立大学

成長期の「子ども」から、成熟期の「大人」への移り変わりは、いつどのように起こるのだろう。ショウジョウバエの幼虫を用い、この切り換えを司る分子のしくみに迫る。

1.「子ども」はいつしか「大人」になる

私たちヒトを含む多細胞動物の多くは、成長期である「子ども」から、子孫を残す能力をもつ「大人」へと成熟する。成長期は貪欲に栄養を摂り続け、身体を構成する細胞の数とサイズを大きくし、いつの間にか誕生時を遥に凌ぐ大きな身体になる。しかし動物は限りなく成長し巨大化するのではなく、やがては成長を止め、生殖能力をもつ成体へと移り変わる。

このような成長期から成熟期への切換えは、ヒトでは二次性徴という性成熟によって、ショウジョウバエなどの昆虫では幼虫から蛹、成虫への完全変態を通じて行われる。この成熟過程にはいずれもステロイドホルモンが関わっており、ヒトの二次性徴は生殖腺から分泌されるエストロゲンやアンドロゲンによって、ハエの変態は前胸腺から分泌されるエクジステロイドによって誘発される。成長という量的な変化の後に、ステロイドホルモンが産生され、成熟へという質的な変化が訪れるのである(図1)。

では、「子ども」はどのように自身の成長度合いを知り、「大人」へと成熟する時を決めるのだろうか。私たちはショウジョウバエで、この一見当たり前だが不思議な生命現象を制御する分子のしくみを調べた。

(図1) 成長期と成熟期を切換えるステロイドホルモン

2.成長が足りない幼虫は蛹になれない

ショウジョウバエの幼虫は孵化直後から摂食を始め、およそ4日間の幼虫期間に体重を百倍程度に増やす。その後、前胸腺からエクジステロイドを全身に分泌し、白色の幼虫が茶色の殻をまとった蛹へと変態する(図2)。ショウジョウバエは成長が速く、しかも成長期としての幼虫期と成熟期としての蛹期を外観から明確に判別できるので、個体の成長と成熟の切換えを調べるには格好の生きものである。

(図2) ショウジョウバエの生活環

昆虫では、幼虫がある固有の体重(CW:クリティカルウェイト)に達すると不可逆的に変態を開始する。ショウジョウバエの場合は約0.8mgである。CWまで成長した幼虫は、その後食べものが全くない飢餓状態でも蛹化できるのに対して、CWに達していない幼虫は蛹になれない(図3)。そこで、幼虫は自身の成長度合いを感知するとともに、それを情報として累積し、CWに達する時期にエクジステロイド産生を活性化させるしくみをもつと予想されるが、その実体は長らく不明であった。幼虫は成長を止め蛹になる時をどのように計っているのだろう。私たちは、ショウジョウバエの前胸線細胞が増殖時に繰り返す特殊な細胞周期、核内倍加に注目した。

(図3) CWと蛹化の関係

3.蛹になる時を告げる核内倍加

細胞は通常、核内DNAの複製後に分裂して細胞数を増やす細胞周期を経るが、複製後分裂しないものを核内倍加と呼ぶ。この場合細胞数は増えず、細胞周期が繰り返されるたびにDNAが倍化し、一つ一つの細胞が大きくなる。この特殊な核内倍加はショウジョウバエの前胸腺ではおよそ4回起こっており、その細胞はDNA量が多い核をもつ。私たちは、前胸腺細胞の核内倍加がエクジステロイド産生の活性化に関わるのではないかと考え、栄養の与え方の違いにより倍加回数がどのように変化するかを調べた。

食べものを与え続けて育てた幼虫の前胸腺では核内倍加が、CW到達前までに2回起こり、3回目はCW到達期に始まることがわかった。CW到達前の幼虫を絶食させると、3回目の核内倍加が起こらず、エクジステロイド産生の活性化は見られなかった。一方、3回目の核内倍加を開始したCW到達後の幼虫では、絶食状態にしてもエクジステロイド産生の活性化は見られた。このことから私たちは、3回目の核内倍加がエクジステロイド産生の活性化を開始させるはたらきをもつのではないかと考えた。それを確かめるため、核内倍加が起こらない幼虫個体を調べた。DNAの複製に必要なCyclin E遺伝子のはたらきを抑制した個体は、摂食を続けて体重は通常の約2倍まで増えたが、エクジステロイド産生の活性化は見られず蛹にならなかった(図4)。次に、前胸腺細胞がDNA複製後に分裂する幼虫個体を調べた。核内倍加の開始に必要なFzr遺伝子のはたらきを抑制した個体では、前胸腺のサイズは通常のものと同程度であるにもかかわらず、エクジステロイド産生の活性化は見られず蛹化も起こらなかった。核内倍加は単に前胸腺のサイズを大きくするためのものではなく、エクジステロイド産生を活性化するという質的な変化をもたらすものと言える。

(図4) 核内倍加阻害個体は蛹化しない

これらの結果から、3回目の核内倍加がCW到達期に起き、エクジステロイド産生を活性化するスイッチとなっていることがわかった(図5)。これで、ショウジョウバエの幼虫期間が核内倍加によって規定されていることを明らかにできたと考える。私たちの知る限り、個体の成長期間を決めるしくみを解明した研究は他になく、本研究はその実体を明らかにした初めての成果である。

(図5) 3回目の核内倍加はエクジステロイド産生を活性化するスイッチ

4.核内倍加を制御する栄養応答因子

ショウジョウバエの前胸腺におけるエクジステロイド産生は、ラパマイシン標的タンパク質(Target of Rapamycin: TOR)によって制御されることが知られている。TORはアミノ酸やインスリンなどの栄養シグナルによって活性化される栄養応答因子である。そこで、TORと核内倍加の関係を知るため、TOR阻害個体を調べたところ、1、2回目の核内倍加は起きたが、3回目が起こらなかった。一方、強制的にDNAの複製に必要なCyclin E遺伝子をはたらかせて3回目の核内倍加を起こしたところ、エクジステロイド産生の活性化が見られた。これは、3回目の核内倍加がTORによって制御されていることを示している(図6)。前胸腺細胞は核内倍加の回数を用いて栄養摂取期間を把握し、 エクジステロイドの分泌と蛹化の時期を決めているのだ。今後、未解明である1,2回目の核内倍加を制御する機構を調べ、蛹化を引き起こすしくみの全体像を明らかにしたいと考えている。

(図6) 栄養応答因子TORが3回目の核内倍加を制御する

口から摂取した栄養は身体を大きくするだけでなく、栄養情報として前胸腺に伝わり、栄養応答因子TORが細胞の核内倍加を制御して、エクジステロイド産生の活性化を決定づける。

5.生きものが「大人への階段」を昇るしくみを追う

核内倍加は昆虫に限らず生物界に広く見られる現象である。今後、核内倍加の進行による前胸腺細胞の機能変化を分子レベルで明らかにすることで、生きものに普遍的な核内倍加の役割を知るヒントを見出したいと考えている。

私たちは、ショウジョウバエの前胸腺細胞で起こる核内倍加が成熟期への移行の鍵となることを示したが、ヒトの二次性徴の場合、ステロイドホルモンを分泌する細胞での核内倍加は見られない。そこで、ショウジョウバエの前胸腺とヒトの生殖腺で起こる細胞の変化の相違点と共通点を分子レベルで比較し、その共通点から個体成熟の普遍的な分子機構を探りたい。

大原 裕也(おおはら・ゆうや)

2009年静岡県立大学食品栄養科学部卒、2014年同大学院生活健康科学研究科博士後期課程修了。博士(食品栄養科学)。カリフォルニア大学リバーサイド校研究員などを経て、2015年より静岡県立大学食品栄養科学部助教。

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