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10匹か?1匹か? 集団で生きることの意義
仲間がいるのが当たり前の社会性動物は、仲間がいなくても健康に幸せに生きられるのでしょうか?生物学者はこの問いを80年以上も問い続けています。社会性動物としてヒトよりもずっと歴史が長く、数も多いアリの社会から、私たちは何を学べるのでしょうか?みんなと一緒の集団アリと、一人ぼっちの孤立アリの実験を丁寧にみていきましょう。
1. アリの複雑でしなやかな社会
「ありくん、きみは、あつい夏のころからずうっとはたらきどおしだね*」—イソップ童話『アリとキリギリス』の中で、ビスケットのかけらを運ぶアリに、呑気なキリギリスはこう話しかけます。子供時代に誰もが読んだことのあるこのお話の通り、私たちがアリに抱くイメージは、家族のために勤勉に働き、みんなで仲良く暮らす姿なのではないでしょうか。近年の研究では、アリの血縁でつながる社会性の始まりは、今から1億年前の白亜紀にさかのぼるといわれています。ティラノサウルスなどの恐竜が闊歩する時代です。アリは、集団で生きることによって世界中に生息域を広げ、現在に至るまで陸上の生態系の中で最も繁栄してきた生物のひとつとされています。世界中のアリの総数は少なくとも2京(1兆の2万倍)匹、そのバイオマス(生物量)は、哺乳類と鳥類を足したよりも多いのです。
アリやハチ、シロアリといった社会性昆虫の社会は血縁関係にある家族の集団ですが、形態や役割の異なる複数の階級に分かれています。アリの場合、その中で子供を産むことができるのは「女王アリ」だけです。ひときわ体が大きく、生殖のための卵巣が発達しています(図1.a)。一方で、私たちが道端でよく見かけるのは「働きアリ」です(図1.b)。遺伝的にはすべてメスですが、自分で子供を産むことはありません。母親である1匹の女王アリを中心とした社会(コロニー)の一員として暮らし、女王アリが産んだ自らの姉妹を育てることでコロニーの拡大と繁栄を支えます。また、働きアリは、1匹1匹が社会の中で異なる仕事を分担する労働分業制を備えています。蛹からかえった若い働きアリは巣の中で女王アリや幼虫の世話をして過ごし(内勤)(図1.b)、年をとった働きアリは巣の外に出て餌取りや見回りなどを担当します(外勤)(図1.c)。一生涯をかけて、社会に必要な仕事を絶え間なく順繰りに分担していく仕組みが備わっているのです。
(図1) オオクロアリ
a:女王アリ(右)と働きアリ(左)。
b:卵(左)と幼虫(右)の世話をする働きアリ。
c:ミールワームと戦う働きアリ。蟻酸を出して攻撃し、弱ったところで噛みつき体液を吸い出して食べる。
2. アリを使って社会性を研究する
東京大学の学生だった頃、私が研究対象としていたのは、ショウジョウバエという体長2-3mm程度の小さなハエです。この生きたハエの細胞が自殺していく「細胞死」の様子を、ライブイメージングで観察していました。細胞は、電気的シグナルやタンパク質などをお互いに受け渡しながら(細胞間コミュニケーション)、個体としての恒常性を維持しています。同じ組織の中でも細胞ごとに役割が異なり、生死という運命もその働きの中で決まっていきます。そしてしだいに、この細胞間の振る舞いを個体間の関係性に置き換えて見てみたい、社会性と呼ばれるその仕組みを生命現象として明らかにしたい、と考えるようになったのです。そこで注目したのが、アリです。飼育が容易なだけでなく、働きアリの場合は寿命が約1年と短いため、生まれてから死ぬまでを1匹ずつ追跡することができます。また、進化的にはヒトから遠い生物でありながら、似たような社会性行動を見せることも知られています。例えば、仲間に餌の場所を教えたり、窮地の仲間を助けたり、傷ついた仲間を治療したり、仲間と一緒に戦ったり。このような行動の背景には、生きもの間のどんな共通性と相違性があるのでしょうか?さらに、アリは研究室内での交配が難しく、分子レベルでの研究は長らく遅れをとっていましたが、当時、急速にゲノム解読が進み遺伝子情報基盤が整いつつありました。私は、アリをモデルとして社会と健康の関わりを細胞や遺伝子から読み解くことを目指し、学位取得後にスイスのローザンヌ大学へ留学しました。
私が在籍した社会性昆虫の生態学に取り組む研究室では、結婚飛行注1)を終えたばかりの女王アリを野外から採集するところから研究が始まります。この1匹の女王アリによって新しいコロニーがゼロから作られるのです。研究室に持ち帰り、産卵させ、何年もかけてコロニーを拡大させた後(図2.ab)、働きアリを実験に使用します。例えばオオアリ(Camponotus fellah)では、女王アリの寿命は10年以上であり、研究室内でコロニーの維持や繁栄を助けてあげることで、何年間も継続して同じコロニーを実験に使うことができます。私の留学時には、働きアリを個体ごとに長期間追跡することで、その社会性行動を定量評価するシステムがまさに完成したところでした。背面に二次元バーコードを貼り付けて1匹1匹を識別し、飼育箱内での行動をモニター上で追いかけ、その軌跡を解析する方法です(図2.c-f)。
(図2) オオアリの飼育およびバーコード行動実験の様子
a:縦25×横38cmの容器内では、常時800匹前後のアリが飼育されている。
b:飼育時の餌。ハチミツと卵を基本に作る。
c:バーコードを貼り付けたアリ。体のペイントは月齢(誕生月)を示す。スケールバーは1cm。
d:実験システム。中央にある四角い2つの箱にバーコードアリが見える。
e:個体ごとに色分けされた行動の軌跡。
f:実験システムには、開発にたずさわったスイスの研究者によってこんな楽しいイタズラが。世界中の言葉で「アリ」と書かれている。
3. 仲間がいれば生きられる
アリを含む社会性昆虫は、集団から孤立するとどのように振る舞うのか——この素朴な疑問は今から80年以上も前にパリ大学(当時)のGrasséらによって研究されています。複数種のアリやハチを元の社会から切り離し、10匹、5匹、3匹、2匹、1匹というように同居する個体数を変えて飼育し、寿命を調べました。その結果、集団の個体数が多いほど寿命が長くなる傾向があり、1匹の個体は顕著に寿命が短くなりました。この研究を受け、研究室で飼育したオオアリを使って同様の実験を行ってみると、やはり10匹で飼育した集団環境(集団アリ)が平均66日と最も長寿で、1匹の孤立環境(孤立アリ)が6.5日と最も短命だったのです。2匹の場合や、1匹のアリと幼虫数匹を一緒にした場合は、1匹のときよりも平均で3倍以上長生きし、集団アリと孤立アリの中間的な寿命となります(図3)。
(図3) 飼育実験方法と同居数による寿命の変化
次に、集団アリと孤立アリでバーコードを使って行動の違いをみてみると、集団アリは10匹での飼育をスタートしてから24時間以内に、巣外で見回りや餌取りをする個体と、巣内で長い時間を過ごす個体と、まるで元のコロニーにいる時と同じような分業が成立することが明らかとなりました。一方で、孤立アリは巣の中に入る時間が減少し、飼育箱の壁際で長い時間を過ごします(図4.a)。落ち着きがなく絶えず動き回り、不安様行動注2)にも見えます。巣内に留まる個体の多い集団アリと比べ、巣外をウロウロする孤立アリでは、移動距離やスピード(図4.b)も上がり、活動量が増えます。さらに私たちは、餌を与えてから24時間後の集団アリと孤立アリで、摂取量は変わらないにもかかわらず、消化量は孤立アリで少なくなることを確かめました(図4.c)。腹部には、食べた餌を仲間に分け与える栄養交換注3)のために貯蔵しておく袋状の素嚢(そのう)と、自身の生命維持のために消化する消化管があります(図4.d)。孤立アリでは、素嚢から消化管へ運ばれる餌量が少なくなります。栄養交換の相手がいないため餌が吐き出されずに素嚢にたまることと、消化不良との間には、何か機能的な理由があるのでしょうか?この点についてはよくわかりませんが、活動量は多いのに餌の消化量は少ないという、エネルギーの消費と供給がアンバランスな状態では、寿命が短くなるのも不思議ではありません。
(図4) 行動解析と餌の消化量
a-c:エラーバーは、棒グラフで表される平均値からのデータのばらつきを表す。
*:10匹と1匹で統計的に意味がある差(有意差)がある場合に付され、その数が多いほど差が大きい。
4. 仲間がいると健康でいられる
それではなぜ、集団のメンバー構成によって、寿命や行動が大きく変化するのでしょうか?その生理的な仕組みを理解するために、私たちは集団アリと孤立アリの遺伝子発現(行動実験から24時間後)を網羅的に調べ、行動変化の定量データと比較することにしました。孤立アリの中には、巣に入らずに飼育箱の壁際をずっとウロウロするものだけでなく、1匹でも平気とばかりに巣の中で過ごすものなど、色々います。行動と遺伝子発現の相関関係を調べたところ、孤立アリの中でも壁際に滞在する個体ほど、活性酸素種注4)の産生量が上昇していることがわかりました(図5.a)。この活性酸素種は、過度な運動や加齢によって増加することが一般的に知られていますが、集団アリにおいて餌取りや見回りを担当する活動量が多い個体での上昇はみられていません。また、実験に使用した個体は月齢をそろえています。つまり、集団から孤立することが要因で、高い酸化ストレス注4)が引き起こされている可能性があるのです。また、部位ごとの分析では、頭部や消化管よりも、腹部にある脂肪体とエノサイトと呼ばれる組織から構成される場所で、とりわけ高い酸化ストレスが生じ(図5.b)、細胞死に至るほどのダメージを負っています(図5.c)。これらの組織は、エネルギー代謝や解毒など哺乳類における肝臓に相当する機能をもちますが、体表炭化水素の合成器官でもあります。体表を覆うワックス状の成分で、コロニー内の仲間を見分けたり、乾燥から身を守ったり、個体間コミュニケーションや体の保護には欠かせません。エノサイトでの細胞死が増えれば、体表炭化水素の合成量も減ることが予想されます。
(図5) 活性酸素種の産生と細胞死
a:横軸は、壁際滞在時間/巣内滞在時間の平方根。相対的に壁際で過ごす時間を示す。
bc:活性酸素種とネクローシスがピンク、細胞核が緑。スケールバーは50μm。ネクローシスとは、細胞の内部および外部からの様々な傷害により生じる細胞死のこと。
では、酸化ストレスと寿命や行動の変化には、どのような因果関係があるのでしょうか?この疑問に答えるために、メラトニンと呼ばれる薬剤を孤立アリに投与する実験を行いました。飼育箱内の水に溶かして飲ませるのです。このメラトニンは、微生物から哺乳類まで広く存在し、私たちヒトでは、睡眠や覚醒などの生体リズムを調整するホルモンとして有名ですが、昆虫では、酸化ストレスから細胞を保護する抗酸化作用注4)をもちます。その結果、メラトニンは、脂肪体+エノサイトのみで効果的に働き、活性酸素種の産生量が減少しました(図6.a)。そして、寿命の短縮が回復し(図6.b)、壁際に長く滞在するという特徴的な行動も、集団アリと同等レベルにまで緩和されたのです。この実験により、孤立アリが短命になり、壁際をウロウロと歩き回るのは、集団から孤立したことにより脂肪体+エノサイトで局所的に生じる酸化ストレスに起因するのではないかという方向性がみえてきました。さらに、メラトニンを投与しても移動距離や移動スピード(図6.c)に変化がなかったことは、活動量の増減よりも壁際にいるかどうかが、アリの寿命と健康に関わる重要な行動指標の一つであるという大きな発見となりました。

(図6) メラトニン投与実験
a:過酸化水素は活性酸素種の1種。
5. 集団で生きることの意義
これまでの研究から、集団でいること——例えば、世話をする幼虫がいること、栄養交換をする相手がいること、仕事を分担する環境があること——で、アリはより長く、より健康に生きることができるのかもしれません。コロニーを維持し、子孫を1匹でも多く残すという生物としての大仕事に参加することが、集団で生きる意義と言い換えることもできそうです。さらに、図4および6のエラーバーや、図5の1つ1つの点に、平均的な動きとは別の動きをする個体の存在がみてとれます。10匹か?1匹か?でダイナミックに運命を変えるアリが多い中で、そうではないアリが必ずいることを、最後に付け加えておきます。このような存在も、アリの複雑でしなやかな社会を支える大切な一員なのでしょう。今後もアリモデルを使って、社会と健康に関わる分子メカニズムの理解を進めていきたいと考えています。
注)用語説明
1. 結婚飛行
翅をもつ女王アリとオスアリが巣から飛び立ち、空中で交尾をする。その後、女王アリは翅を切り落とし、巣穴を掘って産卵。ここから新しいコロニーが始まる。
2. 不安様行動
ストレス下に置かれた際に現れる行動。ラットやマウスによる実験では、すみっこを好むというアリと似たような習性がみられる。
3. 栄養交換
餌(栄養)や体表炭化水素を口移しで与え合い、コロニー内で共有する。大切な個体間コミュニケーションの1つ。
4. 酸化ストレス
体内での酸化と還元のバランスが崩れた状態で、有害な生体反応を及ぼす。活性酸素種は酸化作用をもち、抗酸化物質はそれを打ち消す還元作用(抗酸化作用)をもつ。ヒトにおいても、様々な病気のリスクを高め、老化を早めることが知られている。

古藤 日子(ことう・あきこ)
東京都出身。東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。同大助教を経て、2017年より国立研究開発法人産業技術総合研究所・細胞分子工学研究部門研究員。2025年からは、研究グループ長を務める(現職)。専門は行動生態学、分子生物学。今年4月には 『ぼっちのアリは死ぬ』 (ちくま新書)を上梓。結婚飛行の日には、産総研の敷地内で2人の子供たちと女王アリの採集を行う。