PAPER CRAFT
わたしたちから遡る進化の旅路
アルティアトラシウス
地球上に誕生した生きものは、約40億年という長い時間の中で進化を重ね、命を繋いできました。その変化と積み重ねの末に、地球上には私たちヒトを含む多種多様な生きものが存在しています。
では、ヒトがヒトになるまでにはどのような過程があったのでしょうか。
1. アルティアトラシウス
私たちヒトは霊長類の生きものです。ヒトの進化を遡ると、約700万年前にはゴリラやチンパンジーと共通の祖先に辿り着きます。では、霊長類の歴史はどれくらい古くから始まったのでしょうか。
現在は砂漠となっているモロッコのワルザザート盆地。約5600万年前、そこは緑豊かな森でした。この森で、最古級の霊長類とされるアルティアトラシウス(Altiatlasius koulchii)が暮らしていました。

復元画:望月アミ
見つかっている化石は10本ほどの左右の歯と下顎の小さなかけらのみですが、それぞれの歯の形から霊長類であること、果実や昆虫を食べる雑食性であったことが推測されています。歯は分類や食性を知る重要な手掛かりです。また、歯の大きさから、持ち主の顔のおおまかなサイズを知ることもできます。
一方で、ほかの部分の骨は発見されていないため、アルティアトラシウスの正確な顔つきや体の大きさ、尾の長さなどはわかっていません。生きていた頃の姿を完全に復元するのは難しいですが、近い時代に生きていたほかのサルを参考にして、その姿を想像していきます。
2.歯が教えてくれること
哺乳類の歯は、役割によって形が大きく異なり、切歯(せっし)・犬歯(けんし)・臼歯(きゅうし)の3つに区別することができます。現時点で見つかっているアルティアトラシウスの歯は全て臼歯です。
臼歯とはいわゆる奥歯。臼のように、口に入れた物を砕いたりすり潰すのに適した形をしています。口先側の臼歯を前臼歯、喉側を後臼歯といい、基本的に前臼歯は噛み砕くのに向いた形、後臼歯は潰すのに適した形をしています。
アルティアトラシウスの化石をより詳しく説明すると、上顎の後臼歯と、下顎の前臼歯、後臼歯が見つかっています。下顎の化石は右の後臼歯が1本くっついた状態で発掘されました。歯は左右で揃っているものと、片方だけが見つかっているものがあります。
これら臼歯は様々な形をしていますが、どれも膨らみが多く複雑な形状です。尖っている部分はあまり鋭くなく、起伏が穏やかで、すり潰すのに使う面が広いのが特徴です。こういった特徴を持つ臼歯は、ナッツや甲虫のような硬いものを砕いたり、柔らかい果実を押しつぶしたりすることに適し、さまざまな物を食べることができます。
このことから、アルティアトラシウスは昆虫や果実を食べる雑食性だったことが伺えます。

図1)化石によって明らかになった部分(赤)
10本ほどの歯が見つかっているが、ヒビや欠けが多く損傷が大きいものもあり、全体の形がわかるものは7本ほど。歯は左右で鏡合わせの形になっているので、左右の歯を見比べることで形を補うことができる。
実はこの臼歯、一番大きなものでも、米粒ほどの大きさしかありません。今地球上に生息している霊長類の生きものと比較するなら、ピグミーマーモセット(世界最小級のサル。体長14cm、尾長20.5cm)の臼歯と同じぐらいです。そこから察するに、頭のサイズもピグミーマーモセットとそこまで差のない大きさだったのかもしれません。体の大きさも大人の両手に収まるぐらい小さかったのではないでしょうか。
では、その他の体の特徴はどのようなものだったのか。近い時代に生きた他のサルと比べながら考えてみましょう。
3.化石になったサルたち
テイヤールディナ(Teilhardina asiatica)
約5500万年前、中国にはテイヤールディナという霊長類が生息していました。テイヤールディナは歯に加えて頭骨の一部の化石が見つかっているため、正確性の高い頭部の復元がなされています。大きな目が正面を向いた、メガネザルのような顔立ち。両目が前を向くことで立体視が可能で、樹上で枝から枝へ移動したり、昆虫を捕らえるための距離感を図るのに役立っていたと考えられます。
ダーウィニウス(Darwinius masillae)
さらに時代を重ね、約4700万年前のドイツにはダーウィニウスという種が生息していました。ダーウィニウスの化石は今までに一度しか発掘されていませんが、見つかっている化石はほとんど全身の骨格が残っており、毛の痕跡すら確認できるほど非常に状態が良いものです。また、全長の半分を占めるほどの長い尾を持っていました。長い尾はバランスをうまく取るのに役立ちます。枝から枝へ、アクロバティックに移動する樹上生活には欠かせないものだったのでしょう。

復元画:望月アミ
(図2)復元画 左:テイヤールディナ 右:ダーウィニウス
これらの特徴は数年、数百年で一気に変化してできたとは考えづらく、長い年月をかけて環境に影響を受けながら作られていったものだと思われます。アルティアトラシウスがこれらの生きものの直接的な祖先だったのかは断言できませんが、後にこういった体の特徴を獲得する霊長類の先輩として、近い特徴を持っていた可能性もあります。
このように、情報の多い他の化石を参考にすることで、体のほんの一部しか見つかっていない生きものでも、おおよその姿の仮説を立てることができます。
4.当時の環境
花を咲かせる植物である被子植物は、恐竜の生息していた白亜紀に出現し、勢力を広げました。今から6600万年前、大絶滅が起き恐竜の時代が終わって新生代に入ると、被子植物は環境の大きな変化の中でさらに多様化し、最も繁栄している植物群となりました。5600万年前のモロッコは、熱帯雨林から砂漠地帯へと移り変わりつつあり、現在よりも緑が多く、やや乾燥した環境度と考えられています。
ワルザザート盆地から少し離れたハイアトラス山脈の南側の麓からは、マングローブ植物のニッパヤシによく似たヤシの木の化石が見つかっています。
アルティアトラシウスが生きていた森にも、ヤシの木やネムノキ科、フトモモ科、クスノキ科などの樹木が生い茂り、それらの果実を食べていたのかもしれません。
参考文献
土屋健(2024)『サピエンス前史―脊椎動物の進化から人類に至る5億年の物語』講談社(ブルーバックスB2255),p.141–153.
高橋正道(2006)『被子植物の起源と初期進化』北海道大学出版会,p.224
Sigé, B., Jaeger, J.-J., Sudre, J., & Vianey-Liaud, M.(1990)Altiatlasius koulchii n. gen. et sp., primate omomyidé du Paléocène supérieur du Maroc, et les origines des Euprimates.Palaeontographica, Abt. A, 214(1–2):31–56.(フランス語)
Herbig, H. G., & Gregor, H. J.(1990)The mangrove-forming palm Nypa from the early Paleogene of southern Morocco: Paleoenvironment and paleoclimate.Géologie Méditerranéenne, 17(2):123–137.
Ni, X., Wang,Y., Hu,Y.& Li,C.(2004)A euprimate skull from the early Eocene of China.Nature, 427:65-68


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