RESEARCH
増えた遺伝子がひらいた生き方
海から川へ、遺伝子の数が分けたイトヨの進化
海のみで生きるニホンイトヨと、海から淡水へと進出したイトヨ。同じ祖先をもつ近縁種でありながら、なぜ生きられる場所が異なるのだろう。その分かれ道を探るため、私たちは海で暮らすニホンイトヨと、淡水にも進出したイトヨを比較した。そこで明らかになってきたのは、DNAに起きた小さな変化が新しい環境への進出を後押しした可能性だった。
1. 海で生きる魚、川で生きる魚
魚類は海で誕生し、その多くは現在も海に暮らす一方で、一部の魚は川や湖といった淡水域へと進出し、生息域を広げてきた。新たな環境に適応できれば、繁栄の可能性は広がるが、全ての魚がこの新天地を開拓できたわけではなく、多くの魚たちは海にとどまり続けている。この違いは、いったいどこから生まれたのだろうか。その問いに迫るために、私たちはトゲウオ科のイトヨとその姉妹種であるニホンイトヨに注目した。イトヨは北半球の冷たい淡水域に生息し、サケのように海と淡水域を回遊する生活を送るが、それらの中から、さらに淡水域に進出し、それぞれの淡水環境に適応した地域集団が世界各地に分布している。この多様性が多くの進化生物学者の関心を惹きつけた結果、ゲノム解読や遺伝子組換え技術、ゲノム編集技術の適用などが進み、現在では進化生物学のモデル生物の一つとして研究が進んでいる。一方で、日本近海にはイトヨと非常に近縁でありながら、海から汽水域にのみ暮らすニホンイトヨが分布している(図1)。イトヨとニホンイトヨは約68万年前に共通祖先から分かれ、イトヨの中からのみ淡水域で生活する集団が現れた。海で暮らすニホンイトヨと、淡水でも暮らすイトヨ。同じ祖先に由来する近い存在でありながら、なぜ、イトヨは淡水環境でも暮らせるようになったのか。その違いを明らかにする研究が始まった。

(図1) 日本に生息するニホンイトヨとイトヨの生息域
ニホンイトヨとイトヨの祖先は約68万年前に分岐した。元々海と淡水域を回遊して生活していたイトヨの中から、淡水へ進出するグループが出現し、生息域を広げた。ニホンイトヨの中には淡水域へ進出したグループはなく、海から汽水域で生活している。
【参考】Multiple waves of freshwater colonization of the three-spined stickleback in the Japanese Archipelago
2. エサの違いが示したもの
まずは研究室でイトヨとニホンイトヨを飼育することから始めたが、すぐにはうまくいかなかった。飼育しているニホンイトヨが受精後50日ほどで次々と死んでしまい、成魚まで育てることができないのだ(図2)。初めは塩分濃度による浸透圧が原因だと考えていたが、塩分濃度をどれだけ調整しても、状況は変わらなかった。

(図2)飼育実験での稚魚の生存率
ニホンイトヨの稚魚は、淡水・海水環境に関係なく受精後50日で生存率が急激に下がる。
ふと、ニホンイトヨを飼育している共同研究先の水族館に連絡をすると、水族館で飼育しているニホンイトヨは元気に育っているという。一体、水族館と私たちの研究室で何が違うのか。飼育方法を比較していく中で分かってきたのが「エサ」の違いだった。研究室で与えていたのはイトヨの飼育でエサとして一般的なアルテミアというプランクトンだが、水族館で与えていたのはイワシのミンチやオキアミだという。両者の成分の違いを比較したところ明らかになったのが、DHA(ドコサヘキサエン酸)という脂肪酸の含有量だった。DHAは、細胞膜の柔軟性を保つなど、生きものの生存に欠かせない物質であり、稚魚の成長に必要な脂肪酸である。そこで実際に、飼育していたニホンイトヨの餌にDHAを加えると、それだけでも稚魚の生存率が上がることがわかった(図3A)。野生のニホンイトヨのエサとなるオキアミなどの海洋性の動物性プランクトンは豊富なDHAを含むため、海の環境では餌から自然とDHAを得ているのだろう(図3B)。では淡水のDHAの少ない餌で生活するイトヨは、稚魚の生存に必要なDHAを一体どのように補っているのか。


(図3)DHAの生存率への関係
A:DHAを餌に添加することで生存率が上がった
B:ニホンイトヨはDHAが豊富な海洋性プランクトン(オキアミなど)をエサとしてDHAを補っている。一方イトヨはDHAの少ない淡水性プランクトン(ミジンコなど)や水生昆虫(ユスリカなど)をエサとして食べている。
フィールドで進化を追う
研究のため、私たちは毎年春になるとフィールドへイトヨを探しにいく。しかし近年は、環境の変化によって各地の河川や沿岸での個体数が減少し、調査そのものが難しくなりつつある。水温、流れ、餌となる生物。フィールドでは、さまざまな要因が複雑に絡み合っている。実験室の中では見えなかった違いが、自然の中でははっきりと現れることもある。進化は、過去の出来事ではない。いまこの瞬間も、環境の中で静かに進んでいる。その現場に立ち会うことができるのも、フィールド研究の大きな魅力である。

3. DHAをつくるFads2遺伝子
DHAが稚魚の生存率の鍵だとすれば、淡水で生きるイトヨは、エサから得られないDHAをどこかで補っているはずだ。イトヨとニホンイトヨをDHAの含まれないアルテミアを与えて飼育し、それぞれのDHA含有量を比較すると、イトヨはニホンイトヨに比べて2倍近くDHAの含有量が多い事がわかった(図4A)。DHAは、もとになる脂肪酸を材料にしていくつかの酵素の働きによって合成される。その過程に関わる遺伝子のひとつとして注目したのが、Fads2遺伝子である。イトヨとニホンイトヨでこの遺伝子について解析した結果、見えてきたのは「数」の違いだった。淡水で生きるイトヨは、ニホンイトヨに比べて2倍以上多いFads2遺伝子を持っていたのである(図4B)。全ゲノム配列を解析すると、ニホンイトヨは19番染色体に1つFads2遺伝子を持っているのに対し、汽水域を中心に生活するイトヨは19番染色体に加えて、12番染色体にも重複してFads2遺伝子を持っていることがわかった。さらに、川や湖など淡水で生活するイトヨでは19番染色体Fads2遺伝子の縦列重複が起こっていることも明らかになった(図4C)。つまり、イトヨは、淡水域の餌から得られないDHAを自ら作り出すことで補っていたと考えられる。実際に、淡水へ進出したほかの魚類でも、海や汽水域にのみ生息する近縁種と比較しFads2遺伝子を多く持っていることがわかってきた。海に比べてエサからDHAを得にくい淡水環境では、自らDHAを合成する能力が、生き残りに有利に働いた可能性がある。では、この遺伝子のコピー数の違いは、いつ、どのようにして生まれたのだろうか。


(図4)イトヨとニホンイトヨのFads2遺伝子の比較
A:DHAが重要な働きを持つ器官である脳の比較。イトヨの脳ではニホンイトヨの2倍以上DHAが存在していた。
B:Fads2遺伝子のコピー数の比較。淡水で生きるイトヨでは、Fads2遺伝子がニホンイトヨに比べて2倍以上に多い。
C:ニホンイトヨはDHAを餌から摂取しているが、イトヨは体内でDHAを合成することで淡水へ進出できるようになったと考えられる。
4. 遺伝子重複がひらいた新しい生き方
ゲノムの比較から見えてきたのは、Fads2遺伝子の重複が、少なくともイトヨが近年淡水に進出する最終氷期後よりも前の段階ですでに起きていたということだった。この遺伝子の変化が、偶然に生じたのか、それともさらに前の間氷期に淡水域で生じたのかは分からない。しかし、たまたま存在していたかもしれないこの遺伝子の数の違いが、環境の変化によって意味を持つことになる。海から淡水へと進出し、餌からDHAを摂取しにくい環境に変わった時、すでにFads2遺伝子を多く持っていた個体は生き残った。Fads2遺伝子の「数」というわずかな違いが、新しい環境の中で「生き残れるかどうか」という形で現れる。このとき起きているのは、ただそれぞれの個体が置かれた環境の中で生きるか、死ぬかという結果の積み重ねに過ぎないが、その結果は世代を超えて引き継がれ、Fads2遺伝子のコピー数が多い個体が、集団の中で次第に増えていく。これが進化なのだ。
5. 進化の原因は一つではない
ここまでの話では、イトヨの淡水進出が、Fads2という1つの遺伝子の重複が原因だと聞こえるかもしれないが、実際はそれだけではない。近年では、DNAの配列そのものは同じでも遺伝子の働き方が変化する「エピジェネティックな制御」も、進化に関わる可能性が指摘されている。さらに、温度や光、餌の種類といったさまざまな環境要因が、複雑に影響しあっている。つまり、新たな環境への進出は一つの原因だけで起こるものではなく、遺伝子の変化、遺伝子の働き方、環境との関係、それらが重なり合った結果なのだ。今回のイトヨの研究は、そうした複雑な進化の一部である。進化は、単純な物語ではない。これからもイトヨという小さな魚を見つめながら、生きものに共通した進化のしくみを見つけていきたい。
子育てと研究のあいだで
子育てと研究。どちらも、時間と体力、精神力が必要になる。私は仕事の都合上、パートナーと離れてワンオペ育児をしながら研究をしているので、ときには、子どもを連れて野外調査に出ることもある。子どもを水辺で放すのはとても危険なので、登山用のベビーキャリアで子どもを担ぎながら、イトヨを採集するトラップを投げることもある(写真)。近くの研究施設にシッターさんに来てもらったり、地元の保育園の一時保育にお世話になったりすることもある。研究は思い通りに進まないが、自然の中で過ごす時間は、私にも、子どもにとっても特別な経験になると信じて、そして、「諦めて、研究しないよりはずっとマシ!」と割り切って、もがきながら突き進むしかない。こうしたスタイルで研究と子育てを両立(?)できているのは、先輩の女性研究者が、子育てをしながら研究を続け、子連れでフィールド調査に出かける姿を見聞きしてきたからだ。「自分もこうやって続けていけるのかもしれない」、そう思えたことが大きかった。研究室のメンバーが子どもの面倒を見てくれることもあり、周囲に支えられながら研究を続けている。
また、研究と子育ては、必ずしも女性一人で背負うものではない。本当は、男性研究者も、同じように子どもを背負って研究できるはずである。最近は、研究会などに子連れの男性研究者を見かけることも多くなってきた。私たちの姿を見て、また同じように勇気づけられる子育て中の研究者がいるかもしれない。子育てと研究の両立が今よりもっと当たり前になるかもしれない近い未来に向けて、研究だけでなく、このような経験や姿勢もまた、次の世代へと受け継がれてほしいと願っている。

石川 麻乃(いしかわ・あさの)
北海道大学大学院環境科学院環境科学科博士課程修了。日本学術振


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