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研究館より

表現スタッフ日記

2022.01.18

アフリカに習う

 ふりかえると昨年も新年最初に日記を担当していました。ヒトゲノム参照配列の最初の発表から20年、塩基配列の並びだけではなく立体構造までが関わるゲノムの理解の進展への期待を書きましたが、明るい気持ちばかりではないのは、新型コロナウイルスの広がりに先が見えないことでしょう。今の注目は、オミクロン株。ギリシア文字の15番目ですが、食草園でおなじみの「オメガ」の大きいを意味する「メガ」と対になる、小さいを意味する「ミクロン」なのだそうです。名前はさておき、ベータ株に続いてのアフリカからの報告で、瞬く間に世界に蔓延しました。パンデミックが発生した当初は、紛争や貧困があり、医療も十分ではないアフリカでの大流行が予想されましたが、欧米やアジアと比べてもアフリカで感染爆発はおきていません。検査や情報が不十分なため過小評価しているとの見方もありますが、新しい変異株を適時にゲノム分析をして発表しているのですから、適切な対応はとられているはずです。アフリカには熱帯病であるマラリアやデング熱、エボラ出血熱などの多くの新興感染症が発生するので、感染症との向き合い方を知っているのでしょう。若者が多い地域で感染があっても重症化しにくいため、ワクチンが行き届いていない状況では変異株の温床となることが懸念されています。

 今アフリカではゲノム解析の基盤作りが行われています。2011年にヒトゲノムプロジェクトの中核であったアメリカのNIHとイギリスのウェルカムトラストが支援し、H3Africa(The Human Heredity and Health in Africa、アフリカにおける人類の遺伝と健康)コンソーシアムが設立され、アフリカ人研究者が育っています。ヒトゲノムの参照配列を基準として疾患に関わる遺伝子の探索が盛んに行われましたが、多くは欧米人のゲノムで、アフリカの人々はほとんど対象ではなかったのです。しかし、ゲノムを調べると、アフリカの人々の多様性が明らかになりました。私たちホモサピエンスは、アフリカで生まれ、ユーラシアへオセアニアへアメリカへと広がり、移動の途中にはネアンデルタール人やデニソワ人などの様々な人類と交配したこともわかっていますが、それはアフリカの人類のほんの1系統です。一方、アフリカに留まった人類は、30万年の間独自の進化を遂げていたのです。言語にすると世界の3分の1、2千を超える民族語を話す多様な集団が、環境に適応し各々の文化を築いて暮らしています。地球の歴史を考えればこれまでも厳しい自然の変化に直面したことがあったはずです。現在、アフリカは脆弱で困窮した地域で、支援する対象とされていますが、この状況を生み出した原因は、植民地化であることは疑いないでしょう。複雑な構造をもつ集団を強国の都合でまっすぐな国境で切り分け、食物にならない作物を作らせ、資源を奪うような支配が、環境と共存する生き方を損ない、風土にそぐわない価値観を植え付けることになったのではないでしょうか。

 工業の発展で、人間は同じものを大量生産することで富を生みました。今の先進国のありかたに倣い、皆が同じゴールを目指すのが唯一の道でしょうか?生きものを見ると、無駄と思われるような大量生産、海の生きものが何億個も産卵するのも、免疫系が何百万種類もの抗体を準備するのも、多様性を生み出すしくみです。アフリカの人々の多様性もまた、生きる知恵でしょう。生きものは38億年続く持続性のお手本です。習うならこちらではないでしょうか。


ケニアの水辺にて(2012年)
 

平川美夏 (全館活動チーフ)

表現を通して生きものを考えるセクター