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研究館より

表現スタッフ日記

2022.08.02

ここから始まる

 企画展「生きものの時間 〜生まれるまでの時間」が始まりました。あいにく夏になると活発になる例のウイルスがまた蔓延っていますので、無理をなさらずお出かけください。

 私たちの始まりは受精卵、卵子から母親から半分のゲノム、精子から父親の半分のゲノムが融合した1つの細胞ですが、実際見てみるとどうでしょう。実は、卵子のゲノムを半分にする第2減数分裂は、受精をきっかけにおこります。受精の瞬間は、半分半分で出会うのではないのです。そして、減数分裂が終わり、準備が整った2つのゲノムですが、受精卵の中では、それぞれが前核という別々な核に包まれています。1個の細胞としての最初の分裂はどうやらそれぞれ準備し、増やしたDNAが分かれた2つの細胞で半分ずつ1つの核に納まるように、最後に相談してから、分かれるといった具合のようです。本来は目にすることのない「生まれるまでの時間」が、研究によってだんだんと見えてきています。

 科学や研究と言うと難しいと敬遠されることがありますが、実際私たちが日々取り組んでいても難しいことが多いです。現象を知るための実験が複雑ですし、たとえ確認できても、その意味まではわからないのが実際です。これが科学なのですが、生命科学から生命誌への転換は、分析し理解するだけではない、体験と共感から生まれる知恵を育むこと。わからないことが、あるから面白いのです。

 そんな生命誌の日常を身近に感じていただけるチャンスがこの夏公開中の映画「食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙」です。こんな長いタイトルでは、チケット窓口が混雑するのでは、と心配しましたが、スマートに「食草園の!」とご購入いただいているようです。研究館の日々の活動が切り取られていますが、どちらかと言えばいいとこ取りで、見ていてこちらも少々羨ましいところもあります。一方、こんなところで、こんなささやかな日常を重ねながら、成果や競争に汲汲とする科学を解き放とうと、新しい知の創成に挑戦する、あるべき生命誌の一コマを見つけたとき、またここから始めなくてはと背中を押されます。

 来年には創立30年を迎えますが、学問の世界も社会もまだまだ「生命誌」がめざしたものにはたどりつきません。受精卵が、慎重に大胆に1個の生命に踏み出すように、いつか皆さんの中に、オギャーと生まれるタネを広げたいと思います。

平川美夏 (全館活動チーフ)

表現を通して生きものを考えるセクター