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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2023.02.01

杜人がつくってくれた風の道と水の道

本を読んで考えることにしましょうと呼びかけ、先回は今流行している強制的幸せ願望は本当の幸せにならないということを考えました。次の本を用意していたのですが、先日大事な体験をしましたので、今日はそちらにします。やはり体験の方が話しやすいので。臨機応変と前向きに考えお許しください。

先週の土曜日、映画『杜人』の主人公、矢野智徳さんが我が家の庭を診て下さいました。小さな移植ゴテと鎌だけを持って、水の道と風の道をつくることでそこの自然を生き生きさせる医師です。庭は標高差15メートルの国分寺崖線で、今も武蔵野の自然が残っている場所です。東京23区の西はずれにあるまとまった緑のベルトは、全体として大事にしたい場です。そのためには、個別を大事にしなければならないと考えて、オープン・ガーデンなどをしながら近隣の方たちと一緒に緑を大事にしているつもりなのですが、最近明らかに全体としての自然の質が落ちてきているようで気になっています。土の中の水の道、風の道があやしくなっているのではないか。とくに我が家は上半分にレンガを敷いているので、うまく道がつながっていないのではないか。そこで、いつもオープン・ガーデンの時に支援をして下さるグリーン・ワークスの皆さんと一緒に、総勢20人ほどの実地勉強会をしました。

最近樹が伸び過ぎる。これが私の実感なのですが、やはりそうでした。水と風の道がうまくできていないと、根っこが適切に張らず、危険と察した樹はやたらに伸び始めるのだと矢野さんは言います。歩きやすいように敷いた枕木が腐り始めているのを、時間がたったから仕方がないと受け止めていたのは間違いで、これも水と風の道が切れて土の中の微生物叢の質が悪くなっているからだとのこと。積まれたレンガをちょっと壊してこれでよしと杜人は肯いています。どこまで壊されるのだろうとハラハラしながら見ていたのですが、どう見てもダメというところだけでこちらも納得。朝から夕方まで、一日の仕事を終えると、どこかよい風が吹き抜けている感じがしてきました。崖の上から下まで道ができたはずですので、これから少しずつ変化が起きそうな予感がしますし、教えていただいた方法でそれを助けていく役割を楽しもうと思います。

もちろんこれは始まりです。春夏秋冬どんな動きがあるか。人間の好き勝手にしてはいけないけれど、よく見たうえで手を加えることは大事という自然との関わり方を具体的に知ることになりそうなこの一年がとても楽しみです。自然は、操作でなくお手伝いを求めているのでしょうから。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶