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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2023.11.15

ちょっと嬉しいことがありました

岩波新書新赤版はご存知ですね。岩波新書そのものは1938年に創刊されたものですが、1988年に<新赤版>、文字通り表紙が赤くなって今に到っています。これが、2024年1月には2000点になるのだとのこと。それを機に、新たな時代を開きたいと考えた編集部が、これまでの中からロングセラー30点を選びました。「新赤版の30人30冊」として。

その一冊に、「科学者が人間であること」が入ったのです。刊行は2013年、東日本大震災に打ちのめされた中で書きました。地震・津波もショックでしたが原子力発電所の事故をどう受け止め、これからをどう考えるか。悩んだ結果、「私には生命誌しかない。それで考えるほかない」と思って書いた本です。「科学者が人間であること」という題に込めた思いは編集部にすぐには理解してもらえず、「科学と社会」ではないかと言われ、その時ばかりは頑張ったことを思い出します。ロングセラーの仲間入りができて、生命誌には意味があると改めて思い、嬉しいと同時に緊張もしています。

因みに、新赤版の第一号は、大江健三郎さんの「新しい文学のために」。その後、暉峻淑子さんの「豊かさとは何か」(85番)、宇沢弘文先生の「社会的共通資本」(696番)、見田宗介さんの「社会学入門―人間と社会の未来」(1009番)など、生命誌として学ぶべき考え方で書かれている本がいくつもあります。「科学者が人間であること」は1440番です。

実は、30人の中に自然科学を専門分野としている方が他にいらっしゃらないのです。時代を考えたら自然科学について考えることは大事であるはずですのに、たまたまそうなったと言えばそうかもしれませんが、少し気になっています。そして生命誌は、これまでの科学のありようを見直し、生きていることの素晴らしさを誰もが実感できる社会につなげていく役割を果たさなければいけないと改めて感じました。

今、戦争、異常気象、過剰な競争の中での格差など様々な問題を前に、真剣にに考えていかなければいけないと思い、気を引き締めています。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶