表現スタッフ日記
2026.02.03
言葉の手前にあるもの
最近、わが家では宇宙語が飛び交っています。こどもは毎日、まだ誰にも解読できない言葉で、一生懸命に何かを伝えてくれます。その「伝えたい」という気持ちの強さ、「伝わる」ということの喜びを改めて感じさせてもらう毎日です。
言葉の使い方が、とにかくおもしろく、犬も猫も馬も、四つ足の生きものは全部「わんわん」。ボールも風船も、丸いものはまとめて「ポンポン」。電車は「カンカン」で、走っている電車を見ると「カンカン!」と教えてくれます。けれど、お散歩していると、電車が走っていなくても、突然「カンカン!」と言うことがあり、不思議に思っていたら、黄色と黒のしましまの電信柱も「カンカン」でした。大人の分類とはまったく違うけれど、こどもなりに世界を整理しているのだと感じます。お水は「み」、牛乳も「み」。つまり飲み物は全部「み」。乾杯は「ぱんぱーい」、おもちゃ同士をぶつけるのも「ぱんぱーい」。使い方は違っても、「楽しい」「伝えたい」という感情はまっすぐに届いてきます。
最近は、さらに真剣な表情で、澱みなく宇宙語を話してくれることが増えました。細かい言葉は分かりませんが、「大きな車(バス)が通った!」「ここで頭をぶつけた!」といった出来事や、「お菓子が食べたい」「靴下が脱げなくて嫌だ」という気持ちは、表情や動きから何となく読み取れるようになってきました。うまく理解できずに「そっか〜」「そうだね〜、〇〇だね」などと適当に返事をしてしまうこともありますが、例えばこちらから、「〇〇持ってきて〜?」と指を差しながらお願いすれば通じますし、真剣な顔で「めんめ(ダメ)!」と言うと反応する様子を見ると、言葉の前にすでにコミュニケーションは成立しているのだと感じますし、うまく話せないだけできっと言葉は理解しているのだとも思います。
言葉を使って伝え合うことだけがコミュニケーションではなく、行動や表情、これまでの関係の積み重ねの中で生まれるやりとりが、確かに存在しています。言葉になる前のこの豊かなやりとりを、大切に味わっていたいと思います。いつか言葉で会話ができるようになるまで、この宇宙語の時間を、もうしばらく楽しんでいきたいです。
言葉の使い方が、とにかくおもしろく、犬も猫も馬も、四つ足の生きものは全部「わんわん」。ボールも風船も、丸いものはまとめて「ポンポン」。電車は「カンカン」で、走っている電車を見ると「カンカン!」と教えてくれます。けれど、お散歩していると、電車が走っていなくても、突然「カンカン!」と言うことがあり、不思議に思っていたら、黄色と黒のしましまの電信柱も「カンカン」でした。大人の分類とはまったく違うけれど、こどもなりに世界を整理しているのだと感じます。お水は「み」、牛乳も「み」。つまり飲み物は全部「み」。乾杯は「ぱんぱーい」、おもちゃ同士をぶつけるのも「ぱんぱーい」。使い方は違っても、「楽しい」「伝えたい」という感情はまっすぐに届いてきます。
最近は、さらに真剣な表情で、澱みなく宇宙語を話してくれることが増えました。細かい言葉は分かりませんが、「大きな車(バス)が通った!」「ここで頭をぶつけた!」といった出来事や、「お菓子が食べたい」「靴下が脱げなくて嫌だ」という気持ちは、表情や動きから何となく読み取れるようになってきました。うまく理解できずに「そっか〜」「そうだね〜、〇〇だね」などと適当に返事をしてしまうこともありますが、例えばこちらから、「〇〇持ってきて〜?」と指を差しながらお願いすれば通じますし、真剣な顔で「めんめ(ダメ)!」と言うと反応する様子を見ると、言葉の前にすでにコミュニケーションは成立しているのだと感じますし、うまく話せないだけできっと言葉は理解しているのだとも思います。
言葉を使って伝え合うことだけがコミュニケーションではなく、行動や表情、これまでの関係の積み重ねの中で生まれるやりとりが、確かに存在しています。言葉になる前のこの豊かなやりとりを、大切に味わっていたいと思います。いつか言葉で会話ができるようになるまで、この宇宙語の時間を、もうしばらく楽しんでいきたいです。
中井彩香 (研究員)
表現を通して生きものを考えるセクター