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研究館より

ラボ日記

2020.02.17

「薄切り」よりも「そのまま」で

昨年の九月より,一階の展示フロアに昆虫の脳に関するコーナーが新しく開設されました。従来からあった脊椎動物の脳のコーナーのちょうど裏側に位置する形となっています。研究室で扱っているアゲハチョウの成虫と幼虫の中枢神経系全体(頭の先からお尻の先まで)の標本や,研究館の人気者ナナフシの中枢神経全体の標本,その他いくつかの種類の昆虫の脳標本を実際に手にとってご覧いただけます。いかんせん小さいので,肉眼というわけにはいかず,備え付けのルーペ等で観察していただくことにはなりますが。。。ちなみに,展示してある標本はすべて私が解剖して作成したものです。

とある遺伝子が脳の中のどの辺りの神経細胞で働いているかを知りたい場合,いくら小さな昆虫脳といえども,数十万個の神経細胞が複雑に絡み合ってできている構造体ですので,脳を立体の状態のままにして調べることはあまりしません。代わりに,凍らせた脳を1/100 mmほどの薄切りにし,それを一枚一枚丁寧にガラスに貼り付けた後,あれこれと試薬に浸けて実験を行います。この凍結切片作成の作業は,研究館のイベント「オープンラボ」でも時折体験いただくことができます。学生時分から継続して使用しており,脳の内部の細胞たちを細かく観察することのできる愛着ある手法ではあるのですが,実は最近少し困っています。

一匹のチョウの脳は約70枚の切片に相当します。それらをシワなくミスなく回収しなければなりません。かかる時間は一匹あたり一時間。実験がすべて終わって解析(写真として残します)となると,一匹あたり半日かかってしまいます。研究の都合上,今は大量のサンプルを処理する必要があり,切片にするやり方は不向きと言わざるを得ません。

そこで,切片にせず脳を丸ごとそのまま取り扱う「ホールマウント法」を試し始めました。これは,ショウジョウバエのようなごく小さな昆虫の場合や,チョウですと脳の表面にある細胞を調べる場合に使われる手法です。従って,脳の内部の細胞を調べたい私の研究で使うためには工夫が必要です。ここ二ヶ月ほどあれこれと試行錯誤し,ようやくつい先日,切片法で見えていた脳の内部の様子をホールマウント法でも見ることができました!(写真をお見せできれば良いのですが,大切な未発表データですのでご理解ください)まだ成功確率を上げる必要はありますが,不可能ではないことがわかったので,前向きな気持ちで取り組めそうです。

宇賀神 篤 (研究員)

所属: 昆虫食性進化研究室

現在はアゲハチョウの脳の研究を進めています。これまでの研究はリサーチマップを参照。