生命誌について
2026.03.10
人間の命を守るために
うりちゃん
大阪から中山間地に移住して17年目。休耕田の整備をして生きものの生息環境を保全しながら、小学生と観察会をしたり、ホームページのブログで情報発信してきました。当地は高齢化人口減少で博物館もなく、情報が広がりにくいのが残念なところです。また放棄田にソーラーパネルが設置され、山の上にはメガソーラーもできました。どうしたら野生生物との共生の大切さが伝えられて、開発が止められるのか…そんな時に、ご著書「生命誌とは何か」と出会いました。以下は、自分なりにまとめてブログに掲載したものです。
「およそ46億年前に地球が生まれ、38億年ほど前に生命が誕生。
その時の生命が共通の祖先となって多様な生きものが生じ、その中でヒトが生まれ、今ここに私たちがいます。ヒトが地球上に登場した時には現存生物はすでに存在しており、自然は多様な姿を見せていました。ヒトは他の生物と戦うための牙などを持たず弱い存在でした。その後、二足歩行が脳の発達を可能とし、自由になった前肢は脳の指令に従って自在に動く手となって自在に物を作り、やがて文化や文明を持つに至りました。そのような存在は、生物種としての「ヒト」と区別して「人間」と呼ばれます。そして現在、残念ながら人間は自然からの搾取に歯止めをかけられず、戦争を止められず環境破壊や地球温暖化を招き、多くの生物を絶滅に追い込んでいます。人間は生物の一種のヒトであり、太陽光、空気、水、土壌そして多種多様な生物の繋がりで成り立っている自然環境(生態系)に依存して生きています。従って、他の野生生物が死に絶える環境では人間も生きられません。人間の英知を結集して、野生生物との共生を考えるべきです。それは人間の命を守ることでもありますから。」以上です。ゲノムが自分の中で消化できていないので、またその観点から人間と野生生物との共生の大切さを考えてみたいと思います。
2026.03.12
1. 中村桂子(名誉館長)
うりちゃん様
「生命誌」を丁寧にお読み下さって、適切なお考えをお寄せくださり本当にありがとうございます。
自然の中での暮らしを存分に生きていらしゃる中で、現代文明の問題点を感じ、「生きもの」の視点が必要だと思われた経緯がよくわかります。
日常の生活と結び付けてのお考えですので、生命誌の本質をつかんでいることが伝わってきます。生命誌から見ますと、ソーラーエネルギーは地域で活かすもので
メガはあり得ないのですが、現代文明の選択はメガになります。メガの問題点が見えてきて、少し反省の動きが出てはいますが、まだまだですね。
これからも、活動のご様子などお教えください。
中村桂子
2026.03.13
2. うりちゃん
確かにメガソーラーが出来ても、配線工事はその後もずっと続きました。配線は、車で1時間ほどの空港まで続く長いものだと聞きました。エネルギーは地産地消が大切ですね。ところで、熊本市に地元の反対を押し切って長射程ミサイル発射装置が搬入されたそうです。このニュースに接して、中山間地の山の上で作られた電気が空港まで送られたことと同じではないかと、ふと思いました。戦争に巻き込まれることが現実となりそうで怖いです。また、人類が絶滅の方向に向かっているのではという思いもします。さて、私が当地に来た時と比べて生物の種類も数も減りましたが、都会に比べたら雲泥の差です。以前に、シジュウカラとエナガが子どもに水浴びを教えているところを見ることができました。母親はびしょぬれですが子どもは初めての水浴びで、キョトンとして親を見ています。そんな子どももしばらくすると、若鳥だけの集団で水浴びをするようになります。母親は子どもの巣立ち後およそ1ヶ月そばにいて、生きるための術をすべて教えるそうです。大人も子どもも生きものの生きざまを間近で見ることは、経済成長に勝る価値があると思います。
2026.03.13
3. 中村桂子(名誉館長)
うりちゃん様
最近、ここにいただく言葉に、今の社会の進み方がなんだかおかしいという気持ちが感じられるものが多くなりましたねと、研究館のスタッフが申しております。権力とお金のことばかりで、行き先は戦争ですから、気になりますね。この間までは、曲りなりにも重要事項として語られていた「SDGs」などという文字はどこへ行ったのでしょう。省エネルギーという言葉も消えました。自然破壊の状況は変わらず、気候変動も進行中ですのに。
小鳥たちのお話に心を和ませながら、前半のメガソーラーの部分を読み直しました。。戦争の準備より、小鳥さんを大事にする社会をつくる方が楽しいですし、未来が明るいと思いますと、まず声に出していくことですね。
ありがとうございました。
中村桂子
2026.03.21
4. うりちゃん
中村先生、ご返信をいただきありがとうございます。さて、3月3日の「ちょっと一言」を読ませていただきました。人間独自の生き方の始まりは“弱さ"ゆえ、という言葉に目が留まりました。『具体的には一人で頑張るのではなく仲間と協力しての暮らし。一つは、食べものを皆で分かち合う「共食」。もう一つは母親だけでなく周囲のみんなで助け合う子育て。そこでは子守歌が歌われ、それが言葉の誕生とつながっているとも言われる。弱い存在だったからこそ生まれたお互いを大事にし合う家族や仲間と暮らす生き方。』子守歌や言葉は、その中で生まれ、育まれたのですね。読んでいて、温かい暮らしに涙が溢れました。振り返って、現代の社会は、日本は、世界は…。