海流にのって虫の卵が島から島へと移動することがあるのだろうか。
西表(いりおもて)島で見つかった新種のナナフシが明かす “海をわたる進化” の痕跡。

食草のアダンの葉にとまるヤエヤマツダナナフシ。見つめているのは後北主査。伊丹市昆虫館にて (写真=外賀嘉起) 1989年にヤエヤマツダナナフシが発見された西表島の見田良の海岸。満潮になると海岸線はテトラポッドを越え、岸にもっと近づく (写真=後北峰之) 6層構造のヤエヤマツダナナフシの卵の断面。内側の2層の膜を少しはがしてある。中間のぶ厚い2層がコルク層 (写真=高橋直) 大きいアダンの種子とともに浮いているヤエヤマツダナナフシの卵。普通種のナナフシの小さな卵は底に沈んでいる (写真=後北峰之) ヤエヤマツダナナフシとほかのナナフシの卵を比べてみると……。①コブナナフシ②ナナフシモドキ③エダナナフシ④タイワントビナナフシ⑤アマミナナフシ⑥ヤエヤマツダナナフシ⑦トゲナナフシ (写真=後北峰之) クリックして拡大

ヤエヤマツダナナフシは、1989年に西表島で見つかったばかりの、日本最大級の昆虫である。その大きさにもひかれたが、擬態や再生など豊富なテーマをもつナナフシは、伊丹(いたみ)市昆虫館の開設(1990年11月)にあたってぜひ展示に加えたい昆虫だった。

オープンを間近にひかえたその年の9月、西表島にむかった。ヤエヤマツダナナフシの食草は、アダンという海浜植物である。昼間は、そのトケだらけの葉の付け根に潜んでいて、つかまえようとすると背中から刺激性の液体をとばす、とんでもない奴だった。

アダンの種子は浮力が大きく、海流にのって熱帯から分布圏を広げてきた。ヤエヤマツダナナフシを含むMegacrania属も熱帯アジアを中心に分布しており、これまで台湾南部のものが北限とされていた。

昆虫館では、アダンの葉を花瓶にさして、飼育を始めた。あるとき、花瓶の水をかえようとして、見慣れぬ光景を目にした。卵が水に浮いているのだ。同じナナフシでも、他のものは浮いたりしない。この瞬間、卵の海流移動というとんでもない考えがひらめいた。

広大な海によって隔てられた海岸という、非常に限られた場所にしか食草のないヤエヤマツダナナフシにとって、その食草と同じ拡散の手段をとることは、たどりついた先に食草があるという点で、確実性の高い方法にはちがいない。この考えの最大の難点は、海流という不確かな運搬手段にたよって、長時間塩水につかった卵が孵化するという、非常識な前提によっているところである。

西表島の海岸を歩くと、たくさんの漂着種子を目にする。なかでもアダンの実は多い。実験でも、3ヵ月の浮遊後に83%の発芽率をほこっている。しかし動物と植物は違う。海流に種子をのせて運ぶ植物なら、ヤシやマングローブなど、枚挙にいとまがないが、海流に卵をのせて運ぶ陸生動物など、前代未聞である。

確証を得るために、海水を入れたフィルムケースに卵を浮かべ、浮遊期間をいろいろ変えて孵化の状態を見た。表にあるように、海水につけないものに比べ、浮遊期間が長いほど孵化までの時間はのびた。そして驚くべきことに、孵化率は海水につけたほうが高かった。つけないものの30%強に対し、70日間つけてもまだ40%台を保ったのである。

同じナナフシでも、ツダナナフシの仲間の卵は長径6~8mmとずばぬけて大きい。断面を見ると、6層からなる厚い殻につつまれており、とくに中間の2層はコルク層である (王&朱、1982年)。これが卵を浮かせる原理のようだ。現在、砂浜に流れついた卵が孵化するにあたって直面する、高温や絶食といった過酷な条件に耐えうるか、実験しているところである。

黒潮は、およそ時速9kmで流れている。西表島まで、台湾南部からならわずかに2日半、フィリピン北部からでも4日半である。数字的に不可能ではないが、はるかな海の広がりのなかで、島に行きあたる確率など、どれほどのものだろう。

現在アダンは、西表島からさらに北東700kmの、奄美大島にまで分布を広げている。はたしてヤエヤマツダナナフシの卵は、いまも広大な大洋の波のまにまに漂いながら、まだ見ぬ浜辺のアダンをめざしているのだろうか。

(うしろきた・みねゆき/ 伊丹市昆虫館主査)