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Experiment

イエネコ・ヤマネコの過去・未来

増田隆一

ペットとして身近なイエネコは,古代エジブトの遺跡に描かれたネコとどんな関係なのか。
他のネコ科動物との関係は?
イリオモテヤマネコやツシマヤマネコはどこから来たのだろうか。
ネコ好きの研究者がDNAを使って調べたネコ科動物の関係は・・・。


世界中でペットとして親しまれているイエネコは,古い記録に「古代エジプトの寺院が野生のリビアヤマネコを神聖な動物として家畜化したのがその原型で,その後,ヨーロッパの国々を経て人の移動と共に世界に広がっていった」とある。私たちはこれを確かめるため,リビアヤマネコ,イエネコ,さらにトラ,ヒョウなどのネコ科動物のDNAを比較した。注目したのはミトコンドリアDNA(mtDNA)。mtDNAは細胞核のDNAよりも進化速度が速く,近縁種間や種内の集団間の違いの分析に都合がよい。

分析結果は記録と一致し,イエネコは現在,北アフリカに分布するリビアヤマネコに近いことがわかった。さらに,地中海の北側に生息するヨーロッパヤマネコや中近東のスナネコとも近縁なので,古代エジプトでの家畜化後,これらのヤマネコとの交雑によって,現代のイエネコが形成されてきたと推測できる。日本のイエネコも外国のイエネコに近いことがわかった。世界中のイエネコの起源は,エジプトにたどり着くかもしれない。

ところで,日本にも野生のヤマネコはいるのか。答えは「イエス」。イリオモテヤマネコとツシマヤマネコだ。DNA分析でたどると,これらはイエネコとはまったく異なる起源をもっており,真のヤマネコといえる。

①ネコ科全体の系統樹(mtDNAのチトクロームb遺伝子による)

イリオモテヤマネコは,1965年に沖縄県の西表島で存在が確認され,新属新種に分類された。形態的特徴から,300万年以上前にアジア大陸から西表島へ渡来した種と想像されていたが,その後,米国の研究者がその核型(染色体の数と形の特徴)はベンガルヤマネコと一致すると報告した。ベンガルヤマネコはインドから東南アジア,中国,極東地域,近隣の島々に広く分布しており,地域による形態変異が多様である。一方,長崎県の対馬にいるツシマヤマネコは,極東産のアムールヤマネコの一集団と考えられてきたが,これについても,分類学的位置はまだ定まっていない。

そこで,イリオモテヤマネコとツシマヤマネコの系統進化上の位置を知るため,mtDNAの遺伝子を使って分析した。その結果,興味深いことに,イリオモテヤマネコとツシマヤマネコはお互いに極めて近縁であり,さらにアジア大陸のベンガルヤマネコとも近いことがわかった。
 

哺乳類での平均的な塩基置換速度を使って計算すると,イリオモテヤマネコとベンガルヤマネコの分岐年代はおよそ20万年前。約24万~2万年前には琉球列島とアジア大陸は断続的に陸橋で結ばれていたので,DNAデータは地質学的な南西諸島の形成年代と一致し,信頼できる値といえる。事実,西表島に近い台湾にはベンガルヤマネコがおり,陸続きの時代には両ヤマネコの祖先集団間で遺伝的交流があったのだろう。南西諸島の中で西表島だけにヤマネコが生息している理由は今のところ不明だ。しかし,宮古島でヤマネコの化石(種は未同定)が発掘されているので,今後,化石調査が進めば,イリオモテヤマネコ渡来の道が解けるだろう。

一方,ツシマヤマネコとベンガルヤマネコの分岐年代は,今からおよそ9万~10万年前と出た。海水準の変動から推定される対馬海峡と朝鮮海峡の形成年代は約10万年前であり,DNAデータとよく合う。ツシマヤマネコの祖先は現在朝鮮半島に分布するベンガルヤマネコと考えてよかろう。対馬の隣の済州島にもヤマネコがいたが,ごく最近,自然環境の破壊により絶滅したといわれる。九州や本州の中国地方にヤマネコが分布していない理由はやはり不明だが,ヤマネコ集団が対馬に渡来したときには,すでに形成されていた対馬海峡が行く手を阻んだのかもしれない。対馬にいるシベリアイタチなどアジア大陸と共通する哺乳類を分析すれば,対馬に生息する動物の渡来が明らかになっていくだろう。

要約すると,日本のヤマネコは,ベンガルヤマネコを祖先にもち,西表島・対馬に隔離された集団であり,祖先集団は今からおよそ20万年前ならびに10万年前にやってきたものと思われる。現在,両島における集団サイズは100頭前後,その集団内多様性が気になる。

集団サイズが小さいと,近親交配により遺伝的多様度が低下し,免疫力や繁殖力が低下する。そこで両ヤマネコ集団で個体変異が大きいとされている遺伝子を調べたところ,多様性が極めて低かった。やはり長い年月の間,島に隔離され世代を繰り返してきたからだろう。もちろん,ヤマネコにとって有害な遺伝子が淘汰され,有利・中立な遺伝子が保存されてきた可能性があるので,多様性の低下が即,繁殖力の低下,ひいては絶滅を意味するわけではない。しかし,有利・中立と考えられる遺伝子は,あくまでも,これまでの「穏やかな島の自然環境」を前提にしている。島の環境が自然的または人為的に急激に変化すれば,ヤマネコたちが多様性を失っていることは弱みになり,絶滅の道に向かうかもしれない。

せっかく続いてきた我がヤマネコたちに少しでも長く生き続けて欲しいと願うなら,西表島や対馬の自然環境全体をできる限り保全することだ。これはひいては,私たち人間の存続にもつながるものと私は考えている。
 

②DNAを取るために,イリオモテヤマネコを麻酔で眠らせ血液を採取。
③西表島の交通標識。いつまでも一緒に暮らしたいものである。
(写真=①飯島正広,②③増田隆一)

(ますだ・りゅういち/北海道大学理学部附属動物染色体研究施設助手)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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