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Talk

若い研究者が描く生物研究

岩見雅史 金沢大学理学部生物学科助教授
× 小田広樹 科学技術振興事業団月田細胞軸プロジェクトグループリーダー
× 和田洋 京都大学瀬戸実験所助手
× 中村桂子 JT生命誌研究館館長

今,一番ノッている若い研究者が研究の現場を語ります。 毎日どんな気持ちで実験しているか,生物学の未来をどう考えているか,生き物のどんなところを面白がっているか,そしてそれをどう伝えていくか・・・。 生命誌研究館の考える未来と重なっていきます。

科学とイマジネーション

中村

生命誌研究館は科学者の興味や興奮を専門外の人とも共有するしかけを作りたいのですが,みなさんの今の関心事は?

和田

進化の歴史を実証的に追いたいのですが,進化は実証と同時にイマジネーションで膨らませるところが不可欠。ここが面白い。

中村

理科というと事実を覚え込むことが強調され,イマジネーションなど無関係,いや禁止と思われる。でも研究は,つねにイマジネーションによって新しい疑問を産み出していかないと進まない。生命誌を提唱するのも,「物語」が本質を語ると思うからです。

小田

研究していると理解できないことが一杯あるから,いろいろ新しいことを考える。ここが醍醐味。教育も,わかったことだけでなく,わからない部分を伝えないとイマジネーションは湧かないと思う。

中村

ダーウィンの『種の起原』など,当時の社会も考えながら,思いを込めて書いている。現代の論文はそっけないですね。科学についても,自分の思いを表現したいと思うことってありませんか。

岩見

そういう気持ちはあるんですが,論文では証明が求められるから書けない。何かそういう表現の場があるといいと思ってます。

和田

総説を書く時は,精一杯イマジネーションを膨らませます。

小田

飲むと,論文には書けないけどこういう方向性があるんじゃないかって,わいわいディスカッションするんですけど。この時が楽しいですね。

中村

そういう研究者の姿がもっと外から見えると,何を考えているのかがわかってもらえるのにね。

註1:分子系統学

生物の遺伝子(DNA)を比較解析することで,生物がどのような道筋で進化してきたかを探る研究分野。これまでの形態による分類学,古生物学などとの照合から,新しい進化像をもたらしている。

研究の流れ

小田

生物学は分子生物学の方法論が出て,科学としては確立したのだけれど,やることが決まっている部分も多く,研究の意味が見いだせないでいるところがありますね。

中村

そのなかでは,発生と進化という,古くからあるテーマが,DNAを基本にして新しいテーマとして蘇っていますね。時間を入れた視点は,生物研究の基本ですから。

和田

進化学が分子生物学と出会ってからまだ日が浅い。遺伝子(ゲノム)の進化と形の進化を結びつけるのも,今はデータの積み重ねの時期で,ある程度積み重なったところで,コンセプトが出てくると思う。まず実証という手続きをきっちり踏んで進んでいかなくてはならない。さっき言ったように,イマジネーションも膨らませながら。

中村

それ大事です。もう「進化論」ではなく,「進化学」の時代。ダーウィンはDNAを知らずに育種などの観察から環境との関わりで自然選択という考えを出した。これは高く評価すべきです。現代は,DNA,発生など,ダーウィンにはできなかったレベルのことを実証する時ですね。研究館のオサムシ研究はそのつもりです。

和田

僕は,まず分子系統学(註1)を始めたのですが,形態で分類している学者からすごい反発があった。発生学から進化を捉え直そうというと,日本では10年早いと言われたけれど,イギリスに行ったら,10年前から考え始めていたんです。20年の差は大きいですよ。

小田

進化,とくに分子系統学の研究で,多くの生物を比較するところから,高等動物の細胞の性質やシステムがわかってくる。進化と細胞生物学,発生生物学は密接に絡んでいますね。僕は,発生学が専門ですけれど,系統学にも関心があります。

中村

生命誌は,まさにその流れを全体として捉えた分野として提案したものなのです。構造と機能を知る科学から,関係と歴史を捉える「誌」へと。

岩見

今,発生と進化研究が大きな流れを作っていますが,振り返ってみると,あの先生だからこの手法でこういう考え方で研究したんだろうなと,その過程が辿れる。当時の研究の主流テーマでなくても自分の視点と信念で研究を進め,新しい流れを作ってきた人がいる。そういう仕事がポコッポコッと生まれることで科学が発展してるんだと思う。ある人の考え方が学問の流れとぴったり合った時,本当にブレークスルーが起きるんですよね。

中村

二重らせんも,1950年代初めにイギリスで,ワトソンたちが発見するある種の必然性があったと思います。やっぱり時代と人ですね。

人を通して科学を伝える

中村

私たちが,サイエンティストライブラリー(インターネット上で検索できる生物学者のミニデータベース)を始めたのも,研究を人で伝えたいと思ったからです。生命誌というコンセプトにはこれも入っています。

小田

日本では研究者と市民の間に距離がありますが,アメリカ映画を見ていると生物学の研究者なんて普通に出てくる。日常的に壁があまりないように思いますね。

和田

イギリスでは,テレビの科学番組をやさしくしてない。むしろやさしすぎると伝わらないという感じがしますね。質を落とさないことが大事です。僕は『ソフィーの世界』でうまく哲学に導かれた気がしていますが,同じように科学も,最初に触れるものが大事です。

小田

僕が生物に興味をもったのは,高校の先生が非常によかったから。教科書をほとんど使わずに,クローンの話や性教育,最先端の話が面白かった。

岩見

私は,中学や高校の頃読んだ岩波科学の本。望遠鏡の原理など,サラリと,しかしレベルを落とさないで書かれていた。生物学は,日常との繋がりがあるし,伝えやすいと思う。量子論を専門外の人にしゃべれと言われたら大変だけど,カイコのホルモンの話ならずいぶん伝えやすいですからね。

中村

専門用語をわかりやすく説明したり,使わないですませる努力が必要ですね。

小田

専門用語は難物ですが,一方,半年研究室に所属すれば,皆わかるようになるんだから,なんとかなるでしょう。

岩見

国語の教科書でうまく科学を紹介しているのがありますね。国語をコミュニケーションのツールと考え,分野にこだわらず面白さを伝えたらよい。

中村

私も小学校4年生の国語の教科書に免疫の話を書いているのですが,子供たちの反応がとてもよくて,よく手紙が来るんです。ふつう理科で免疫の話が出るのは高校でしょう。

科学の面白さを共有する

岩見

実際研究をやっていて,分野が違う人に自分の研究を伝えたい。できれば若い中学,高校生にも伝えられたらよいと思いますね。

小田

僕は,研究室で手伝ってくれる人に伝えようとしてます。気持ちよく研究できるし,発見の喜びを共有できる。まだ若くて研究に忙しいし,勉強すべきことも多いので,まず現場でやってます。

和田

僕はこれといったターゲットは考えてなくて,僕が描く6億年前の地球のイメージを皆と共有したい。おじいちゃんでも子供でもイマジネーションが共有できれば幸せ。

中村

科学はすぐ教育というけれど,共有。それが基本ですね。

岩見

本人は自分の研究が面白いと思っていますから,伝えるんならその面白さ。ただ,大学の一般公開で,カイコのお腹を開いて顕微鏡で見せたら,昆虫にも内臓があったんですかと。われわれが考えている知らせたいことと期待されているものとの差はありますね。

中村

確かに。一方でDNAという言葉はどんどん広まっているでしょう。ただ正確でなく。ここを繋ぐのが難しいですね。

和田

ビデオでいいから,顕微鏡の下で卵が分裂していく瞬間など見てほしいですね。見ないとわからない感動ですよ,あれは。

小田

ハエは汚いものと思われていますが,ショウジョウバエの胚は透明でなんともきれい。それに,こういう見方があるんだとか,こういう疑問が今あるんだということを伝えたい。研究者の主な仕事は疑問を提示することですからね。

和田

科学はデータだけれど,それを解釈して自分なりに想像していくところに自分の味が出せる。その喜びを伝えたいな。データから始まって考えていくプロセス。あいまいさも含めて,こうなっているからこう考えているんですよというのが伝えられるといい。

生物学のこれからと科学者の役割

中村

2000年代初めにはヒトゲノムの基本配列がわかるだろうと言われています。そういう時代の生物学ってどうなるでしょう。

小田

遺伝子がわかった後,複雑な生命現象を扱うことになるから,新たなコンセプトを出すためには論文の書き方もより文科系的になってくるだろうと思う。

岩見

生物の顔を見ながらの科学の時代になると思う。DNA研究から出てきたものを消化して,何もかもごちゃまぜにしたような,ワグナー的サイエンスの展開が面白いように思います。

中村

我田引水すると,生命誌はそれを含んでいるつもりなのです。ただ,DNA研究の商業化や生物の操作という問題は,より厳しくなりますね。

小田

それだけになってしまったら,研究者はいらなくなるでしょう。

中村

だからその時に,6億年前の地球をイメージさせる人が大事。われわれはどこから来てどこへ行くのかという基本的な問いとか。

和田

科学は世の中に必要なのだろうかということも含めて,僕らが何を供給できるんだろうということを,きちんと考えていかなければならない時代になると思う。

中村

レベルの高い疑問を探し続けるということも含めて,研究者の存在価値を真剣に考え,それを社会と共有すること。ただ,生物学はこんなに面白い大事なことをやっているという自信が大切ですね。ショウジョウバエの胚を見ないと損ですよという感覚を,研究者が発信しないと。

岩見雅史(いわみ・まさふみ)

カイコの変態を決める脳ホルモンの遺伝子を採ることから研究を始めた。そこを出発点に,その遺伝子の多様性と,それがどんなメカニズムで発現するのかという関係を探るのが今後の目標。

小田広樹おだ・ひろき

多細胞動物の細胞の形を変えるもの,動きを与えるもの,配列を変えるものは何かということを明らかにしたい。さらに進化のどのステップで細胞がどういう能力を獲得したかを具体的に明らかにするのが長期的な目標。

和田洋(わだ・ひろし)

生き物の形がどう進化してきたかを,遺伝子,分子の言葉を使って考えたい。なかでも6億年前に多細胞動物が出現した時にどんな形をした生き物がいて,彼らの遺伝子にどんなことが起こって今のわれわれになったかを知りたい。

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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