1. トップ
  2. 季刊「生命誌」
  3. 季刊「生命誌」43号
  4. RESEARCH まわる分子との対話-ATP合成酵素のしくみを探る

RESEARCH

「語る科学」

まわる分子との対話
-ATP合成酵素のしくみを探る

野地博行東京大学 生産技術研究所

数十億年の間、生体内で回り続けてきたATP合成酵素。生きもののエネルギー用のお金をつくり出すこの分子の動きを詳しく観ることで分子の個性がみえてきた。分子に語りかけ、その反応を丹念に観る。「らしい」を「である」に変える1分子観察でミクロの世界をのぞく。

1.はたらきものの回転モーター

私たちが生きていくために必要なエネルギー。エネルギーは食事として取り入れた糖や脂肪などを分解する時に出てくるのだが、それを実際に使える形にして蓄えておく必要がある。ちょうど自動車にとってのガソリンにあたるものが、生体内ではATP(アデノシン三リン酸)(註1)という小さな分子である。ATPは、エネルギーを必要とするところ全ての場を巡っているので“生きもののエネルギー用のお金 ”と言われることもある。生きもののはたらきをみてみると、うまく調節されていると思うことが多いが、その一つはATPという分子のはたらきにあると言ってよいだろう。ATPはリン酸とリン酸の間にある高エネルギーリン酸結合にエネルギーを蓄え、加水分解するときに放出するエネルギーを生体内の起こりにくい反応を進めるのに役立てている。生きものはたくさんのATPを必要とするので、細胞内にいつも10億個のATPがある。このATPを効率よく作るのが今回お話するATP合成酵素である。

生体膜は必ずその両側の水素イオン濃度が異なるので、膜電位(水素イオンの電気化学ポテンシャル)(註2)が生じる。このエネルギーを利用してADPとリン酸からATPを合成するATP合成酵素は、ミトコンドリアの内膜・葉緑体のチラコイド膜・バクテリアの原形質膜などの生体膜に存在する。膜電位は、呼吸鎖タンパク質が、食物を分解するときに得られる化学エネルギーを利用して水素イオン(H+)を輸送することによって形成され、この膜電位にそって水素イオンがATP合成酵素の内部を通過するときにATPが合成される(註3)。細胞内の小さな世界の話なので註が多くなってしまったが、私たちの体内でたえまなく起きており、生きていることを支えている反応である。こんなことが起きているのかと理解していただきたい。
 

(図1)

実は、この酵素は世界最小の回転モーターなのである。簡単に離れる直径・高さ10nm程度の2つの回転モーター(F1、Fo)が結合してできている(図1)。生体膜から突き出した部分がF1で、ATPをADPとリン酸に加水分解して回転する。一方、Foは膜に埋まっている部分で水素イオンの流れを利用して回転する。F1は単独でATPを加水分解するので、F1-ATPase(註4)とも呼ばれる。この2つのモーターは、互いの回転子と固定子とで結合してひとつのATP合成酵素となるが、それぞれの回転方向は互いに逆向きである。細胞内では、強力な膜電位で動き始めたFoモーターが、F1を逆向きに強制回転し、F1がATP加水分解の逆反応であるATP合成反応を進める。一方、膜電位が足りないときには、F1モーターがATPを加水分解してFoを逆回転させ水素イオンの能動輸送を行う。このように、ATP合成酵素は二つの逆向きの回転モーターのはたらきで、水素イオンの電気化学ポテンシャルとATPを回転で変換するとても変わった、そしてとても興味深い分子機械である。よく、私たちの身体には回転する部分が一つもないと言われるが、細胞の中では分子がくるくると回り続けているのだ。ミトコンドリアのATP合成酵素はバクテリアの細胞膜にあるものと似ており、ミトコンドリアが共生した頃には既にATP合成酵素があったことがわかる。この小さな酵素はすくなくとも20億年はくるくると回り続けていることになる。

(註1)ATP

生きもの、つまり細胞が使えるエネルギーは、光でも、熱でもなく、化学結合に蓄えられたものだけ。化学結合の中でも特にたくさんのエネルギーを蓄えられるのがATPのもつ高エネルギーリン酸結合である。ATPは細胞のエネルギー用のお金とも言われている。

(註2) 膜電位

膜電位とは正確には水素イオン(H+)の電気化学ポテンシャルのこと。水素イオンが膜の一方に偏ることで電位が生じる。



(註3) ATP合成酵素と酸素呼吸

生きものは食べ物に含まれる有機物を分解してエネルギーを取り出し、ATPをつくり出す。酸素を使う呼吸では解糖系、クエン酸回路、電子伝達系の3つのステップからなる。
電子伝達系では膜の酵素が電子を受け渡しながら、ミトコンドリアの外膜と内膜の間に水素イオン(H+)を運び出し、濃度差をつくる。水素イオンがもとに戻ろうとする力を利用してATP合成酵素は回転し、ATPを効率よくつくる。

 呼吸のしくみ C6H12O6 +6O2→6H2O + 6CO2 + 36ATP


解糖系 反応場所:細胞質=細胞の小器官(核やミトコンドリア)以外の部分
グルコース(C6H12O6
→ 2×ピルビン酸(C3H4O3)+4×エネルギーを持った水素(2NADH2)
→ 2×ATP

グルコースが分解され、2分子のピルビン酸になる。その過程でエネルギーをもったH(水素)がNADに渡されNADH2ができ、さらにATP2分子もできる。NAD(FAD)は補酵素で、エネルギーをもった水素の運搬タンパク質である。

クエン酸回路 反応場所:ミトコンドリアの内膜に囲まれた領域(マトリックス)
2×ピルビン酸(C3H4O3)+6×水(H2O)
→ 6×二酸化炭素(CO2)+20×エネルギーを持った水素(8NADH2、2FADH2

ミトコンドリアに入ったピルビン酸は分解され、二酸化炭素とC2(活性酢酸)ができる。そのC2がクエン酸回路のC4と結合し、C6になって回路がスタートする。
一回転する間に2分子の二酸化炭素とエネルギーをもった水素がNADとFADに渡されNADH2、FADH2ができる。C2が入ってきて、二酸化炭素としてCが2個出ていくので、一回転しても炭素数は変わらない。このような反応系を回路と呼ぶ。

電子伝達系 反応場所:ミトコンドリアの内膜
24×エネルギーを持った水素(10NADH2、2FADH2)+6×酸素(O2
→ 12×水(H2O)
→ 34×ATP

解糖系とクエン酸回路で得られたNADH2、FADH2がエネルギーを持った水素を電子伝達系の酵素に渡す。エネルギーを持った水素は水素イオンとエネルギーを持った電子に分解する。水素イオンはマトリックス内部に排出され、膜の酵素が電子を受け取る。酵素は電子が放出するエネルギーを使って、水素イオンを膜外に運び出し濃度差を作る。水素イオンがもとに戻ろうとする力を利用してATPを合成する。最後に電子は酸素に渡され、水ができる。

(註4) 加水分解酵素の名付け方

ペプチドならペプチダーゼ、アミロースならアミラーゼというように、加水分解酵素には-ase(アーゼ)という語尾が慣用的につく

2.分子をじっくり観る

自然が創ったこの小さく精妙な生物分子機械が働くしくみを知りたいと思い、1個のモーター、つまり1個の分子の動きの観察から始めた。膜に埋まってはたらくFoモーターの取り扱いは非常に難しいので、単離したF1モーター(図2)を中心に観察した。

(図2) F1モーターのかたち

αサブユニットが3つ、βサブユニットが3つ交互に並んでシリンダーのような形をとり、その中に回転子のγサブユニットが入り込んでいる。

激しいブラウン運動(註5)を抑えるために、F1をガラス基盤に固定し、その小さな回転運動を見やすくするための長い目印(蛍光性の繊維タンパク質やプラスティックビーズ)を回転子γサブユニットに接続させる(図3)。その後、F1の基質であるATPを水溶液に添加すると、くるくると目印が回る様子を普通の光学顕微鏡で観察できる。

(図3) F1モーターに目印をつける

F1モーターをガラスに固定し、回転子γサブユニットと目印の蛍光性繊維タンパク質はストレプトアビジンをのりとしてつけた。

こうして、回転速度、水の粘度、目印の長さから求められる回転に必要な力(回転トルク)は、負荷やATP濃度によらず40pNnmと一定であり、荷の重さに関係なく一定の力ではたらくことがわかった。また、ATPの濃度を薄くしていくことによって、ATPが結合する度に120°づつ回転することが観察できた(図4)。そして、回転子γサブユニットに接続した目印を検出できる限界まで小さくして回転の最大速度を測定したところ、室温で130Hzであった。いずれも1つの分子を観察したからこそわかったことである。

(図4) 120°づつ回転するF1モーター

ATPの濃度がとても薄いときにはATPはたまにしかやってこない。ATPを結合して加水分解するときに反時計回りに120°回転した後は次のATPがくるまで止まっている。
右下の図は顕微鏡下のF1モーターを観察するときに、蛍光性繊維タンパク質の一番輝いているところが、どこにあったのかを時間を追って示したもの。120°ごとに止まりやすいことがわかる。

3.分子を操る

F1モーターの1分子観察で多くのことを明らかにできたが、わかるにつれていろいろ操作してみたくなった。F1モーターは生体内ではFoモーターによって逆回転という操作を受け、ATPを合成している。そこで、私たちがFoモーターの代わりとなって、F1モーターをいろいろと操作する研究を始めた。まず、回転子γに、小さな磁気ビーズ(直径1μm以下)をつける(図5)。次に、顕微鏡ステージの上に永久磁石や電磁石を置く。こうしてF1モーターの回転を磁気ビーズの回転として観察しながら、外部磁場を与えることで分子の向きを制御できるようにしたのである。

(図5)分子を操る方法

ATP合成酵素は大変小さく観察しづらい。そこで、ガラスに固定したF1モーターの回転子に角度をつけて磁気ビーズを取りつけることによって、回転を観察すると同時に電磁石による外部磁場を与えて分子の向きを操ることを可能にした。

まず、Foモーターと同じようにF1モーターを逆回転させることで本当にATPが合成されるかどうかを試した。問題は、合成されたATP分子の検出である。ATPの高感度検出には生物化学発光反応(註6)を採用し、溶液中に生物化学発光の試薬を添加して、ガラス基板上に固定化したF1モーターを逆回転した時の発光強度をフォトンカウンティングカメラで計測した。できるだけ強く発光するように多くの分子を固定化し、一斉に逆回転させたところ、発光が観察されF1モーターが実際にATPを合成することを確認できた。外からの力で酵素反応を進めることに成功したのである。

(註6) 生物化学発光

今回の実験では生物化学発光の中でもホタルの発光のしくみを利用している。ホタルのもっているルシフェラーゼ(酵素)はATPがある時にルシフェリン(タンパク質)を酸化し、その時に発光するので、ATPを定量的に測定することができる。

4.分子の個性を観る

ところで、分子の動きを観察していると、思いがけない発見がある。例えば、せっせと回転しているなと思ったF1モーターが時々回転を止めて、しばらくある角度を中心にブラブラ(回転ブラウン運動)していることがある。そして、思い出したように回転を再開するのである。このような、「活性化状態」と「不活性化状態」の2状態遷移は、例えばRNA合成酵素のような他のタンパク質の1分子観察でも報告されている。実はF1モーターがATPの加水分解後に解離するはずのADPを、強く結合してしまうことがあるのだ。こうなると、次のATP加水分解反応を始めることができず、回転は止まってしまう。これを正式にはADP阻害型F1と言うが、普段はサボっているF1と呼んでいる。

(図6) 分子を操る方法

サボっているF1をただ眺めていてもつまらないので、磁気ピンセットを用いて操作してみたが逆方向に押した場合は目を覚まさない。これまでの研究で、F1の回転再開には強く結合したADPの解離が必要であることが分かっているので、この分子操作はADP解離を促していることになる。回転方向に押すと目が覚め、逆方向では目が覚めないということは、回転方向に向けてADPの親和性が弱まることを意味する。これは、逆方向(ATP合成方向)に向けてADPの親和性が強まるということである。この性質は、ATPの加水分解と合成反応の両立にとても都合がよい。F1モーターは、ATP加水分解時にはADPを効率的に解離し、合成時には逆に溶液中のADPを効率的に結合する必要がある。そのため、特定の回転角度でADPを解離するか結合するかというように決めてしまうと、どちらかの反応効率が極端に下がってしまう。しかし、今回の結果で、FoモーターがF1モーターを逆方向に押すとF1のADPに対する親和性が上昇し、溶液中のADPをすばやく結合できることが明らかになり、こうして、効率的なATP加水分解と合成反応の両立が可能になっていることがわかった。なかなかうまくやっていると関心してしまう。

また、興味深いことに、サボっているF1をブラブラしている回転中心で停止させると、回転を再開しなくなる。放っておけば約30秒で回転を再開するのに、ブラブラを5分間とめると開放してもすぐには活性化しないのである。つまり、ブラブラ(回転ブラウン運動)が自発的な回転の再開に重要なのだ。回転方向にADPの親和性が下がることを考えると、ブラブラしている最中にたまたま回転方向に大きく揺れたとき、ADPが外れて活性化するのが自発的な回転の再開なのであろう。(図7)

5.分子との対話

遊び心ではじめた1分子操作実験であるが、観察しているだけではわからない分子の性質が次々と明らかになり、実に楽しい。私たちは、1分子操作という力学的な操作を「言語」として分子に話しかけ、分子の挙動をじっと観察している。論文にはまとめにくく、分子ごとに反応が違うこともしばしばである。これをどのようにサイエンスにまとめ上げるのか、科学者としての力量が試されているが、とにかく分子に話しかけその答えを聞くだけでも十分に楽しい。私たちの研究分野は、ナノバイオテクノロジーと呼ばれているが、研究の動機はもっと素朴で、「分子と対話して、そのしくみを知りたい」ということに尽きるのである。

野地博行(のじ・ひろゆき)

1997年東京工業大学総合理工学研究科博士課程修了、理学博士。科学技術振興事業団博士研究員、さきがけ研究21「組織化と機能」研究員を経て現在東京大学生産技術研究所助教授。

季刊「生命誌」をもっとみる

オンライン開催 催しのご案内

レクチャー

3/16(土)15:00〜

個体発生は進化をくりかえすのか