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RESEARCH 重なる昆虫と植物の暮らし
RESEARCH 1

ナミアゲハの生活を支える視覚情報

木下充代

総合研究大学院大学先導科学研究科 准教授

蜜を求めて色とりどりの花を訪れるチョウ。羽化してから、誰にも教わることなく花や同種のチョウを見つけて世代をつないでいます。チョウが色を見分ける能力に注目して、チョウには世界がどのように見えているのかを探ります。

1.花を訪れる昆虫たち

野外に咲く色とりどりの花はその色・形・匂いによって、花粉を運んでくれる昆虫を呼び寄せる。一方、花を訪れ、蜜や花粉を集める昆虫(訪花性昆虫)は視覚と嗅覚を使って花を探す。(図1)例えば、代表的な訪花性昆虫であるハナバチの中でも西洋ミツバチは、生まれつき好む色や匂いはあるものの、花の特徴を見分け・学習することで、繰り返し同じ花を訪れ特定の花の蜜を集めることが知られている。ナミアゲハなどのチョウ類もハナバチと同様、多くの種が訪花性を示すが、訪れる花はさまざまで、感覚や学習能力はミツバチと同じではないようだ。ではチョウはどのように世界を見て花を選んでいるのだろう。

(図1)さまざまな訪花性昆虫

①セイヨウミツバチ(Apis mellifera)、②コアオハナムグリ(Gametis jucunda)、③ナミアゲハ(Papilio xuthus)、④ヒメアカタテハ(Vanessa cardui

2.アゲハチョウの色の学習と認識

都市部でもよく見られるナミアゲハ(Papilio xuthus)の訪花行動は視覚に強く依存していると考えられている。彼らはどのような世界を見ているのだろう。動物行動学者のフォン・フリッシュは、色紙を使って、ミツバチが色を認識し、学習するか実験を行った。それに習い、ナミアゲハで色紙の学習を試みた(図2A)。羽化してから1週間、赤の色紙の上で砂糖水を与え、赤を学習させた後、アゲハチョウに13種類の色紙を見せると、赤をよく選んだ(図2B)。同様に黄色や緑を学習させた場合でも、アゲハチョウは学習した色を選択した。

(図2)色紙を使った実験

(A)実験セット。小さなカゴを部屋に置いて、床面に色紙を提示する。まず、学習させたい色で砂糖水を与える。ほかの色紙を混ぜた環境で、どの色紙の上で口吻を伸ばしたかを記録する。
(B)アゲハは学習した色をよく選ぶようになる。(N=個体数)

さらに、アゲハがどのくらい細かく色を見分けられるのかを正確に調べるために、単色光による実験を行った(図3 A)。例えば、色紙の実験と同様に、波長が480nmの単色光を学習させた個体に、異なる波長の単色光を同時に見せ、480nmに口吻を伸ばした場合に単色光を見分けたとする。学習光と同時に見せる単色光を様々に変えて調べるとわずか1nmの波長の差を見分けることがわかった(図3B)。同様の実験を異なる波長の単色光を学習した個体で調べた結果、ナミアゲハは紫外から赤の波長域まで学習することができ、430, 480, 560 nmの3波長域では1nmの波長差をも見分けることができた。一方、ミツバチは、赤波長域を見ることができず、見分けることができる最小の波長差は4nmである。さらに、ヒトが紫外光を見ることができず1nm差を見分けられるのは2波長域であることを考えると、アゲハがいかに鋭い視覚をもつかがわかる。

(図3)単色光の実験

(A)480nmを学習したナミアゲハ。500nmと480nmの単色光を並べると、480nmの学習光に口吻を伸ばして選択する。
(B)ナミアゲハ・ミツバチ・ヒトの波長弁別能 ナミアゲハは430,480, 560nmで約1nm差を見分ける。

ところで、色紙や単色光をよく学習するナミアゲハだが、明るさではなく、“色”を指標に物体を見分けているのだろうか。そこで、フリッシュがミツバチの色覚を証明したように、さまざまな明るさの灰色と学習した色紙を同時に見せる実験を行なった。もし色でなく、明るさで見分けているのであれば、学習した色紙と同じ明るさの灰色と間違えるはずだが、黄色を学習したナミアゲハは例外なく黄色の色紙に降りた(図4)。この結果によってナミアゲハがヒトと同じように“色”を指標に花を見分けていることが証明できた。

(図4)ナミアゲハは“色”を指標に花を見分けている

黄色を学習したナミアゲハは,黄色を他の色からも(左)明るさの異なる灰色から(右)もよく選ぶ。

3.アゲハチョウの見ている色の世界

色覚には色の分別だけでなく、物体の色をどのように認識するかの感覚も伴う。ナミアゲハがヒトと同じように色を感じているかどうか確かめた。

―色の恒常性―
わたしたちは「“赤い”花」を見て、蛍光灯の明かりの下でも太陽光の下でも同じ“赤”だと認識できる。このように色を指標に対象を見分けることができるのは、刻々と変化する光の下で、眼に届く情報が変わっても、色の見え方が保たれているからだ。この特性を“色の恒常性”と呼ぶ。そこでナミアゲハも色の恒常性をもつのかを調べるために、白色光の下で黄色を学習させた個体に、さまざまな色紙を並べて提示した。すると、アゲハは白色光下でも赤い照明光の下でも同じように黄色を選んだ(図5)。アゲハにとっても、色の見え方は変化する照明光の下でも保たれているのだ。

(図5)色の恒常性

白色光の下で黄色を学習したアゲハは,白色光(左)でも赤色光(右)下でも黄色を選ぶ

―色の対比現象―
ヒトの色覚では、対象となる物体と、背景との関係によっても物体の見え方が変わる。これを「対比現象」というがナミアゲハではどうだろう。黒い床面に置いた青から黄色まで5種類のパステルカラーの色紙のうち緑色を学習したアゲハは、背景を明るい灰色にしても正しく緑を選ぶ(図6A)。ところが、背景を黄色にすると緑ではなく黄緑を、青にすると青緑を選ぶ(図6B)。この現象は、背景が色紙に補色(註)を誘導しているからだと考えられる。黄色は青を、青は黄色を誘導する。つまり、黄色い背景が黄緑の上に青を誘導した結果、アゲハには、黄緑が学習した緑に見え、逆に青背景が青緑に黄色を誘導した結果、青緑が学習した緑に見えたと考えられる。

(図6)緑を学習したアゲハの色対比現象実験

(A)背景を灰色にした時は緑を選ぶ
(B)黄色背景では黄緑,青色背景では青緑を選ぶ.(N=個体数)

(註)

純色を並べた色相環。補色を互いに正反対に配置している。補色の関係にある青と黄色の背景の上にある灰色の輪は、背景の補色に当たる色が誘導される。つまり、⻩⾊が背景では⻘っぽく、⻘が背景では⻩⾊っぽく⾒える。

―明度対比現象―
対比現象は、背景の色だけでなく明るさによっても生じる。暗い赤を学習したアゲハは、明るさの異なるふたつのオレンジを示した場合、暗い方を選ぶ(図7A)。次に、同じ明るさのオレンジを明るさの異なる灰色の上に置くと、明るい灰色の上にあるオレンジを選ぶ。同じオレンジが明るい背景ではより暗く見えたのだろう。逆に、明るい赤を学習したアゲハは、同じ実験で暗い背景の上にあるオレンジを明るく感じて選ぶ(図7B)。このように、明るい背景の上にあるものがより暗く、暗い背景の上のものが明るく見える現象を“明度対比”と呼び、ヒトでも日常的に見られる感覚である。

(図7)明度対比現象

(A)暗い赤を学習したアゲハは、明るさが異なるオレンジでは暗いものを選ぶ(左)。しかし、同じ明るさのオレンジの場合で背景の明るさが異なる場合は、明るい背景の上にあるオレンジを選ぶ(右)。
(B)暗い赤と明るい赤を学習させた個体のそれぞれの実験結果(N=個体数)

4.好きな色と植物の匂い

実験室での研究によって、ナミアゲハは色を学習し、ヒトと同様に色を感じることがわかってきた。これらの能力は、ナミアゲハの訪花にどう役立つのだろう。春にツツジが咲くと、そこには蜜を吸うために多くのアゲハチョウの仲間が訪れるようになる。このような観察から、アゲハチョウは赤い花を好んで訪れるチョウであると言われている。そこで、ナミアゲハが、羽化後、最初に訪れる生まれつき好きな色を調べようと、羽化後数日間、絶食させたナミアゲハに色紙の実験を行った。すると雌雄共に多くの個体が青を選んだ。実はナミアゲハは生まれつき好む色は赤ではなく青だということが分かった(図8)。

(図8)羽化後最初に訪れる色

匂いがない部屋では,雌雄ともに多くの個体が青を選ぶ。

次に、オレンジやユリなどの花の匂いが充満した部屋で、同じ色紙を使った実験を行ったところ、メスでは黄や赤を選ぶ個体が増えた。さらに、ナミアゲハの食草であるミカンの木の匂いが漂う部屋では、緑を選ぶメスが増える結果となった(図9)。

(図9)匂いのある部屋での実験

メスでは、オレンジとユリの匂いのする状況下で赤を選ぶ個体が増え、食草の匂いがする状況下で、緑を選ぶ個体が増える。一方、オスでは好きな色に対する匂いの影響は限定的。(N=個体数、*=匂いのない時から優位に変化があった色)

この結果は、羽化して初めて訪れる花の選択には、生まれつき好む色と、特定の植物の匂いが影響することを示している。ナミアゲハ もヒトと同じように、行動を決定するための感覚が集約されるのは脳である。そこで、これまで明らかにされていなかったアゲハの脳を調べ、視覚と嗅覚の情報に関する経路がどちらも「キノコ体」に入力していることを明らかにした(図10)。このことからも視覚と嗅覚の感覚の統合が訪花行動に影響すると考えられる。しかし、オスでは好きな色に対する匂いの影響は少なく、どの条件においても青を選択する個体が多かった(図9)。自然界で、交尾のためにメスを探すオスと、産卵のために栄養を摂取し、食草を探すメス。色と匂いの実験結果に見られる雌雄差は、ナミアゲハの一生で重要な雌雄の行動の違いと関係しているのだろうと考えている。

(図10)脳における視覚と嗅覚の統合

5.花の選択と色覚

実験室での一連の研究によって、訪花行動中のナミアゲハは、生まれつき好きな色をもち、色に対して高い学習能力、そしてヒトと同様の色覚現象を感じることがわかってきた。色の恒常性をもち、天候や時間、生息する場所によって刻々と変化する光環境下でも、花の色の見え方が保たれる。また、対比現象は、背景が一様な色や明るさの下で初めて知覚される“錯覚”のひとつだが、この効果によって、花が、背景となる土や葉からくっきりと浮かび上がって見えるのだろう。ナミアゲハの脳は、わずか1mm3程度だが、この小さな脳の中で、ヒトの色覚能力を凌駕するような処理が行われていることは、色覚能力の進化を考える上でも、とても興味深い。

木下充代(きのした・みちよ)

1999年横浜市立大学大学院 博士課程終了。博士(理学)日本学術振興会 博士特別研究員・キャノンフェローなどを経て、現在は総合研究大学院大学 先導科学研究科 生命共生体進化学専攻 准教授。専門は、動物行動の神経科学・視覚生態学。ヒト以外の生き物の感覚世界に興味を持ち、行動学と神経科学を往復しながらアゲハチョウの感じている世界を明らかにしたいと思っている。

BRHのラボから一言

「判断」を下すチョウの脳に注目

チョウのメスは前脚で味を感じ、産卵するべき葉をわずか数秒の間に見分けます。これは学習に依らない、ゲノムにプログラミングされた本能的な行動だと考えられていますが、広い環境の中から植物を見つけて着地し、味を知覚して産卵するという行動の間にどの様な神経活動があるのかは、まだまだ未知の領域です。体外の情報を統合して「判断」している仕組みを知るため、我々の研究室でも脳に注目しています。嗅覚と視覚を組み合わせて色の選好性が変わること、それがメスだけの現象であることを解明した木下先生の研究は、チョウの本能と環境の情報から受ける影響がどのように絡み合っているのか、脳の不思議を理解するうえでとても興味深いですね。

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