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RESEARCH 重なる昆虫と植物の暮らし
RESEARCH 2

植物の匂いが結ぶ植食者と寄生バチの関係

塩尻かおり

龍谷大学農学部 准教授

花の匂いは花粉を運ぶ昆虫を誘いますが、植物は花以外でもさまざまな匂いを発しており、キャベツがチョウの幼虫に食べられた時に出す匂いは、幼虫の天敵である寄生バチを誘引します。天敵の天敵と手を結ぶ、匂いの意外な役割を見てみましょう。

1.植物の匂いが伝えること

植物がつくるさまざまな化合物の中で、揮発性の物質は動物に匂いとして知覚される。動かない植物は匂いを介して動物に情報を伝える。甘い香りに誘われて、チョウやハチが花を訪れる光景は誰もが見たことがあるだろう。植物が色と香りで昆虫を誘引し、蜜を提供する代わりに花粉を運んでもらうという共生の一場面である。一方、植物が昆虫などの動物に食べられて傷ついた時に出る匂いもある。ヨモギの葉を摘んだ時に出てくるツンとした匂いや、キャベツの葉を切った時に漂う青臭い匂いがそれである。こうした匂いは傷口から細菌が感染するのを防いだり、昆虫を忌避させたりする効果があると考えられているが、1983年にそれ以外の驚くべき役割が発見された。リママメという植物がハダニに食べられた時に出る匂いが、ハダニを捕食するチリカブリダニを誘引するというものだ。チリカブリダニがハダニを捕食してくれれば、リママメはハダニから身を守ることができ、眼をもたないチリカブリダニにとっても、リママメの匂いは餌を見つけるための重要な手掛かりとなる。つまり植物の匂いは、直接的に微生物や昆虫を防ぐだけでなく、「天敵の天敵」と手を組むという、間接的な防御の役割も担っていることがわかったのだ。

(図1)植物の匂いのはたらき

2.天敵に応じて匂いを使い分ける

リママメとダニの研究は、これまで知られていなかった植物と動物の結びつきを明らかにしたことで注目を集め、植物・植食者・捕食者という3者のほかの組み合わせでも、匂いを介した同様の関係があるのか広く研究されるようになった。その一つが、植物・植食者・植食者の寄生バチの関係である。大学院時代に昆虫の行動と植物の匂いの関係に興味をもった私は、この3者に注目した研究を始めた。

寄生バチはさまざまな昆虫に卵を産み付け、その養分を奪うハチである。チョウやガの幼虫によく見られる内部寄生タイプのハチは、宿主である幼虫の体内で孵化し、幼虫の体を食べて成長し、宿主を殺して外に出る(図2)。寄生バチの宿主となる昆虫は、種によって厳密に決まっている。そのため寄生バチのメスは、数ミリからせいぜい数センチの宿主を広い環境中から見つけ出して産卵しなくてはならない。この探索の手がかりとなるのが、植物の匂いではないだろうか。そして植食者に食べられた植物は、匂いを出して寄生バチを呼ぶことで、身を守るのではないかと考えた。

(図2)寄生バチの生活環

モンシロチョウの幼虫に寄生する寄生バチ・アオムシサムライコマユバチの例。寄生バチは寄生される昆虫よりも種数が多いとも言われ、寄生の様式も多様である。

材料に選んだのは、キャベツとそれを食べるコナガ、そしてコナガの寄生バチであるコナガサムライコマユバチだ(図3)。この3者を軸にした行動観察実験を始めた。

(図3)コナガ・キャべツ・コナガサムライコマユバチ(寄生バチ)の関係

コナガ写真提供:安部順一朗氏(農研機構)

まず虫食いのないキャベツの苗株を2つ用意し、一方をコナガの幼虫に一晩食べさせて穴だらけにする。この株から幼虫と糞を取り除き、もう一方の無傷の株と一緒に透明な箱に入れ、中にコナガサムライコマユバチを放つ。ハチがどちらのキャベツを選択するかじっと観察すると、ハチはしばらく飛び回った後、コナガの幼虫に食われた株へとスッと降り立った。同じ実験を何度も繰り返した結果、8割以上のコバチがコナガ株を選んだ。寄生バチは、コナガ幼虫の姿を確認できなくとも、コナガに食べられた株を区別できるのだ。そこで今度は虫食いを模してパンチで穴だらけにした株や、コナガではなくモンシロチョウの幼虫に食べさせた株とコナガ株を並べてみたが、やはり7割以上のハチが、コナガに食われた方の株を選んだ(図4)。ハチは虫食いの有無だけではなく、何の虫食いかまで区別することができるようだ。さらに、キャベツにメッシュをかぶせて株そのものが見えないようにして、同じ実験を行ってみても、寄生バチは変わらずコナガ株を選んだ。

(図4)コナガサムライコマユバチのキャベツ株の選択実験

左:実験装置の概要。飼育ケースの中心からコマユバチを放ち、コナガに食われた株ともう一方の株、どちらを選ぶか観察した。
右:実験結果。グラフ中の数値はハチの個体数を示す。比較対象とする株を変えても、コナガに食われた株を選ぶ個体の割合が最も高かった。

実験で使ったキャベツの匂いをガスクロマトグラフ質量分析計で詳細に分析してみたところ、4種類の株は全て、匂いの化合物のブレンド(構成比)が少しずつ異なっていた(図5)。そこでコナガに食害された株の匂いと同じ匂いを人工的に合成してコナガサムライコマユコバチに示したところ、予想通り、この匂いに誘引されることがわかった。さらに、モンシロチョウ幼虫が食べた株の出す匂いは、モンシロチョウに寄生する別種の寄生バチ・アオムシサムライコマユバチを誘引することもわかった。

(図5)キャベツの匂い化合物の構成比の比較

円グラフの大きさは匂い化合物の量を示す。キャベツは傷害を受けると匂い化合物の量が増加する。

キャベツは食べられた際に匂いを変化させるが、その匂いは食べられた虫の種類に応じて使い分けられているのだ。自然界では、植物の天敵は一種類ではないことの方が普通なので、植物が異なる匂いを発することで、植食者に対応した天敵を誘引することは非常に理に適っている。また寄生バチの側も、人間には判別できないほどの僅かな匂いの違いを、正確に区別する嗅覚が備わっていることがわかった。特定の種にしか寄生できない寄生バチにとって、植物の匂いがいかに重要な情報であるかがわかる。

3.匂いが介在する複雑な生態系

野外では、植物が複数の植食者から同時に食べられることは珍しくない。コナガとモンシロチョウの幼虫が同時に食べたキャベツの匂いは、どちらか一方だけに食害された匂いとは大きく異なるブレンドになるのだが、寄生バチはこの株をどう判断するのだろうか。コナガの寄生バチであるコナガサムライコマユバチで調べてみると、ハチは両種が食べた株の匂いには誘引されないことがわかった(図6)。この行動は、ハチの単なる見落としなのだろうか。それともコナガとモンシロの両種が混在する株では、寄生バチの子の生存に何か不都合が生じるのだろうか。

(図6)コナガサムライコマユバチおよびコナガ雌成虫の選択実験

左:寄生バチの選択実験の結果。グラフ中の数字は個体数を示す。寄生バチはコナガのみがいる株を選ぶ傾向があり、コナガ・モンシロの両種がいる株は選択しない。
右:コナガの選択実験の結果。コナガのメスを10匹放した際に、どちらの株に産卵するかをカウントし、割合を計算した。この操作をそれぞれ9回、6回、6回ずつ試行し、その割合の平均を示している。コナガはモンシロチョウの幼虫がいる株を産卵先に選ぶ傾向がある。

上記の可能性を検証するため、私は寄生バチの産卵行動を観察することにした。コナガサムライコマユバチのメスは、素早く逃げるコナガ幼虫に対応して素早く幼虫に産卵管を刺すのだが、モンシロチョウの幼虫に対しても同じように産卵管を刺してしまうことがわかった。コナガの寄生バチがモンシロチョウの幼虫に産卵しても、卵は免疫の作用で溶かされてしまうので、この行動は寄生の失敗を意味する。コナガサムライコマユバチは、キャベツの匂いでコナガのいる株を区別できても、目の前の幼虫がコナガなのかモンシロチョウなのかは区別できないようだ。寄生バチがモンシロチョウとコナガの幼虫が混在する株を避ける行動は、寄生できないモンシロチョウの幼虫に産卵してしまうリスクを減らす効果があると考えられる。

(図7)キャベツ・コナガ・モンシロチョウ・寄生バチの関係のまとめ

子の生存に少しでも有利な行動を取るのは、寄生される側のコナガも同じであろう。コナガが産卵先として選ぶキャベツにも、好みがあるのか調べてみたところ、モンシロチョウの幼虫がいる株に好んで産卵することがわかった(図7)。わざわざ同じ植物を食べるモンシロチョウの株を産卵先に選ぶというのは、一見すると不合理だが、上述のように、コナガとモンシロチョウの幼虫が混在する株には寄生バチが来にくいことを考えると、その行動は寄生の回避につながっていると解釈できる。コナガがどのようにしてモンシロチョウのいる株を判断しているのかは現在調査中だが、結果的に寄生バチの裏をかいて行動していることには驚かされた。寄生バチの複雑な習性を知るはずのないコナガが、このような合理的な行動をどうやって進化させたのか、非常に興味深い。

ここまで見てきたキャベツ、コナガ、モンシロチョウ、そして寄生バチのそれぞれの振る舞いは、食う・食われるという直接的な関係だけを見ていても理解できないが、植物の匂いという情報の存在を考え合わせると説明することができる。生態系には、見えない「匂い空間」がもっと広範囲に影響しており、複雑に見える昆虫や植物の振る舞いを、匂いという観点から解き明かせるのではないかと考えている。

4.食害に反応して匂いが変化するしくみ

植物の匂いの変化は、組織が壊されて化合物が漏れ出すといった消極的な反応ではなく、食べられたことを検知して化合物の生産割合を変えるという、積極的な反応であることがわかっている。植物は幼虫の摂食を、化学的な刺激や物理的な刺激によって検知する。例えば、化学的な刺激は、幼虫の吐く糸や唾液に加え、破壊された植物細胞からにじみ出てくる細胞壁や酵素などの成分である。物理的な刺激として、植物細胞の破壊に伴う力学的な作用が挙げられる。植物はこれらの刺激を受けると、匂い物質の生産に関わる遺伝子の発現量を変化させ、その結果、匂いの量や構成比が変化する(図8)。

(図8)幼虫の摂食による匂い変化のしくみ

植物が食べられた昆虫の種類まで区別して匂いを調整するしくみはまだ分かっていないが、おそらく摂食の刺激が幼虫の種類によって違うことが予想される。例えば、体が大きくたくさん食べるモンシロチョウと、体が小さく少しずつ食べるコナガの幼虫の食べ方の違いが、植物の匂いに現れてくるのではないだろうか。外界の刺激に合わせて匂いを調整する、精巧なしくみがあるのだと考えている。

5.植物の匂い研究の広がり

私たちは植物の匂いと昆虫の関係を探ってきたが、近年、植物と植物の間でも、匂いによる情報交換が行われていることが分かってきた。トマトやセイタカアワダチソウの研究から、植物が虫に食べられて匂いを変化させると、その近隣の植物が防御反応を起こすことがわかった。同じ種の植物でも遺伝的に血縁関係が強いものにより強くシグナルが伝わるという現象が観察されており、植物にも匂いを介した複雑な情報のやりとりが予想され、匂い研究の奥深さを実感している。

これまでの研究を農業に応用する取り組みも行っている。植物の匂いを制御することで、地域に住む寄生バチを誘引したり、植物自身の防衛反応を引き出すことができれば、農薬を使わず害虫から作物を守る農業ができるのではないかと考えている。

左:ミズナの栽培実験のようす(京都府南丹市美山町)。写真提供:上船雅義氏(名城大学)
右:ハウス内に人工的に合成した匂い入りのポットとハチの餌を設置し、ミズナを食害するコナガの寄生バチを誘引する。
写真提供:安部順一朗氏(農研機構)

塩尻かおり(しおじり・かおり)

北海道大学卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。京都大学白眉センター助教を経て、2015年、龍谷大学農学部植物生命科学科講師、2019年より同・准教授。日本農学進歩賞・日本応用動物昆虫学会奨励賞・日本生態学会宮地賞・守田科学奨励賞・京都大学たちばな賞などを受賞。
写真:次女と調査地のバラ園で。

BRHのラボから一言

植物と昆虫の絶対共生を結ぶ匂い

イチジク属植物とイチジクコバチは、互いに利用し合う相利共生の関係を数千万年保ったまま、種分化を繰り返して多様化しました。その相利共生関係は種特異性が高く、多くが「1種対1種」であることが知られています。
コバチはペアとなる寄主イチジクを探索するのに、イチジクの花の匂いを手掛かりとしています。私たちの研究から、ほんの少しの匂いの構成比の違いをかぎ分けるコバチの嗅覚と、正確にコバチを誘引する匂いを作り出すイチジクの花が、両者の共生関係を支えていることがわかりました(Okamoto and Su, 2021)。匂いが植物と昆虫の密接な関係を結ぶ鍵であるという点は塩尻博士の研究と全く共通ですね。匂いが生物の進化と種分化および生物種間の相互作用に与えた影響に、ますます興味が湧きます。

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