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RESEARCH

持ちつ持たれつの生存戦略

蘇 智慧生命誌研究館 系統進化研究室

イチジクの花は、花のうと呼ばれる袋のような器官の内側にぎっしり詰め込まれるように咲きます。この花の花粉を運ぶ(送粉)ことができるのはイチジクコバチ(コバチ)のみです。イチジクの花に産卵するコバチと、受粉をコバチに託すイチジクとのかけひきの妙を見ていきましょう。

1.花の形と送粉者

多くの花は外側に開き、さまざまな色や形で昆虫を惹きつける (図1A)。また雄しべと雌しべは同時に成熟し、蜜を求めて花を移動する昆虫たちによって花粉が運ばれ受粉を成功させる。一方、イチジク属植物(イチジク)の花は花のうと呼ばれる袋のような器官の中に咲いており (図1B)、チョウやミツバチなどに花粉を運んでもらうことができない。さらに、同じ花のうの中にある雄しべと雌しべの成熟する時期は完全にずれており、雄花と雌花を別々の時期に咲かせる。このように閉じた空間に花を咲かせるイチジクは、花のうの中に入ることができる特定のコバチのみを送粉者とする (図1B)。イチジクとコバチの間には密接な共生関係があるのだ。



(図1)花の形と送粉者

A) 一般的な花
B) イチジク属植物

2.イチジクとコバチの関係

イチジクと共生関係を築くコバチはその一生のほとんどを花のうの中で過ごす。羽をもつメスコバチ (図2)は若い花のうをみつけると、何重にも重なった苞葉の間から潜り込むようにして花のうの中へと入っていく。そして中に入ると花の中に産卵する。産卵された花はその後幼虫の餌、兼シェルターとして幼虫を育てる虫こぶとなる (図3)。成長した次世代のコバチは、まずオス (図2)が虫こぶを破って自力で脱出する。そして自力で脱出することができないメスに代わってオスはメスのために外から虫こぶに穴を開け、同時に交配をする。その後、オスは花のうの壁に穴を開け、そこからメスは外へ脱出する (図3)。多くのオスコバチは外に出ることなく一生を終えるが、メスコバチがまた新たな若い花のうに入って産卵することでコバチの生活史は完成する。

(図2)雌コバチと雄コバチ 

コバチのオスとメスは全く違う見た目をしている。雌コバチは羽を持ち、体に花粉をつけて若い花のうへ飛び立つことができる。一方オスは羽を持たないが大きなアゴをもち、これを使って虫こぶに穴を開けたり、雌のために花のうの壁に脱出用の穴を開ける。

(図3)イチジクコバチの生活環


イチジク側は体に花粉を付けたメスコバチが花のうに入ることで受粉を成功させるが、花のうの中で成長し羽化した次世代のメスコバチが脱出する時期にちょうどイチジクの雄しべが成熟した雄花が咲いており、コバチに花粉を持たせることができる。時を同じくしてコバチが入る別の若い花のうでは、雌しべが成熟した雌花が咲いており受粉の準備が整っている。イチジクは花のうに入り受粉を担うコバチのおかげで、コバチは安全かつ餌の豊富な花のうに産卵することで、どちらも確実に世代をつないでいたのだ (図4)。このように互いに利益がある共生関係を「相利共生」とよぶ。しかし、コバチに産卵された花は種子が作られない。イチジクはどのように子孫を残しているのだろう。

(図4) イチジクとコバチの相利共生関係

3.イチジクの戦略

イチジクの花には花柱の長さが違う2種類の雌花が存在するが、イチジク属植物の約半数の種類は、花柱の長い雌花ばかり咲く雌株と花柱の短い雌花だけが咲く雄株に分かれ、雌雄異株とよばれる。この花柱の長さが、イチジクとコバチ、どちらが子孫を残せるかを決める重要な役割を果たしている (図5)。コバチは、雌花の花柱に産卵管を差し込み子房に産卵するが、花柱が長いと産卵管が子房に届かず産卵することができない。そうするとコバチの体についた花粉によって受粉が成功しイチジクは種子を作ることができるのだ。雄株では花柱が短いので、コバチが産卵することができ、そこで育った次世代のコバチに花粉の運搬を託される。雄株と雌株があってこそ互いの子孫を残すことができるのだ。外見的特徴から雄株と雌株を見分けることができないのだが、これもイチジクの生存戦略の一つといえる。この互いに持ちつ持たれつの両者の関係を「絶対共生」とよぶ。

(図5)イチジクがもつ2種類の雌花

4.コバチの選択

イチジク属植物は750種以上にも及ぶが、それぞれのイチジクを宿主とするコバチが存在する。例えば、イヌビワコバチはイヌビワ、アカメイヌビワコバチはアカメイヌビワをそれぞれ宿主とする (図6)。西表島や石垣島では13種のイチジクが生育しており、隣り合って生えていることもあるが、コバチは決して宿主を間違うことはない。例えばイヌビワのコバチがアカメイヌビワの花のうには入ることは決して起こらないし逆もまた起こることはない。つまりイチジクとコバチは「一種対一種」の関係を築いている (図6)。

(図6)イチジクとコバチの「一種対一種」の関係


コバチが宿主となるイチジクを見つける基本的な方法は花の匂いを頼りにしていると考えられている。Y字管実験を用いて、イヌビワコバチの花の匂いに対する選択を調べた (図7)。まず、自分の宿主であるイヌビワの花の匂いとただの空気をY字管の両先端から与える。すると32匹中30匹のコバチが花の匂いを選択した。これだけでは単に花の匂いを選択している可能性も否定できない。そこで今度はイヌビワとハマイヌビワの花の匂いを与えると、やはりほとんどのコバチがイヌビワの花を選択した。さらに、イヌビワの花と葉を提示した場合でも、花の方を好むという結果になった (Okamoto and Su, 2021)。実際にコバチが花のうに入る直前、花のうの入り口付近を何度も触角で撫でながら匂いを確認しているようすが見られる (動画)。イチジクとコバチの密接な共生関係は花の匂いに対するコバチの応答によって維持されているのだ。

(図7) Y字管実験

別れたY字管の両先端から異なる匂いをコバチに提示してどちらに向かって進むのか、つまりどちらの匂いを選択するかを調べる。

(動画) イチジクの花のうに入るコバチ

触角でイチジクの入り口付近を何度も撫でながら匂いを確認する。幾重にも重なった苞葉をくぐり抜けて花のうの中に入る

 

5.イチジクの匂いの分析

イチジクとコバチの関係は、匂い以外にもさまざまな要素が関わる (図8)。花のうの形態では、入口の苞葉が、びっしりと密に重なっているものと、ふわっと重なっているものなどがあり、コバチの方は、その宿主の花のうに入れるように頭部の形態を進化させている。産卵の段階でも花柱の長さと産卵管の長さが合う必要がある。また、両者のライフサイクルが一致するのも重要である。例えば、コバチが花のうの中で卵から成虫になる時間は、宿主であるイチジクの雄しべや雌しべが成熟する時間と一致していなければ、受粉が成立できないだけではなく、コバチも育たない。では、これらの要素の何がもっとも重要なのだろうか。

(図8) イチジクとコバチの共生関係



我々は同じ地域に生育する5種類のイチジクの花の香りを集めて花の匂いの組成を分析した (図9)。そして、イチジクの花の香りと形態特徴(花のうとその入口の大きさ)および遺伝的距離との関係を調べた (Okamoto and Su, 2021)。その結果、花のうの形態が似ている種は、たとえ遺伝的に近い種であっても異なる花の匂いをもつことが明らかになった (図10)。つまり、似た形態の花のうをもつイチジクが混在していても、コバチは匂いを頼りに宿主にたどり着くことができる。匂いに応答するコバチを確実に引き寄せるためのイチジク側の戦略とも言える。逆に、匂いが似ていた場合でも、コバチの頭部と花のうの入口の形態が一致しなければ中にはいることができない。イチジクとコバチの間にある「絶対共生」と「一種対一種の関係」はさまざまな要素がぴったりと重なることで保証されている。
 

(図9) 匂いの採集

花のうの入ったビンと、匂い化合物の吸着剤を詰めたガラス管をつなぎ、ポンプで空気を引くことで、2時間ほどかけてガラス管に匂いの化合物を吸着させる。

(図10) 花の匂いの重要性

Okamoto and Su, 2021より作成したイメージ図。

6.イチジクとコバチの進化

非常に密接なこの関係は、どちらかが欠けても、またどちらかが変化しても成り立たないように思えるが、この関係を維持しながらも、イチジク属植物は現在750種以上に及ぶ。イチジクとコバチのDNAを調べ、系統樹を作成すると両者の系統樹は見事に重なっていた (図11)。しかし、進化の過程で新たな種が生まれるには、一種対一種の関係が時に崩れる、「ゆらぎ」も必要と考えている。現在、イチジクとコバチの進化のきっかけとなる「ゆらぎ」に注目し研究を進めている。この関係がどのように始まり、維持されながら変化してきたのか興味は尽きない。

(図11) イチジクとコバチの系統樹

蘇 智慧そ・ちけい

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