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SYMPOSIUM

対談

若者たちに科学の楽しさを伝えたい

大隅良典大隅基礎科学創成財団理事長
永田和宏JT生命誌研究館館長

1.分解は、合成の裏返し

永田

大隅さんの基調講演ではいろいろな話題が出ました。私たちが研究を始めた時代は、いかにタンパク質が作られるかに関心が集まっていました。その中で、大隅さんは分解に注目された。あるいは液胞というオルガネラに興味を持たれた。どちらが先ですか?

大隅

最初に注目したのは液胞です。それが動物細胞のリソゾームのような機能を持っているのではないかと、徐々に仕事が分解に移っていきました。

永田

大隅さんが研究を始められた頃、液胞は、細胞内の“ゴミ溜め”という認識が一般的で、それが分解装置だという理解は確立していませんでしたね。

大隅

はい。細胞内に、分解酵素が局在することは知られていましたが、それがどのように反応して、分解に関わるかという「問い」には発展していませんでした。

永田

“ゴミ溜め”と思って、多くの研究者が見過ごしていたところに注目したのは、嗅覚の鋭さですね。なぜ液胞に注目されたのでしょう?

大隅

ロックフェラー大学で研究していた頃、出芽酵母に出会いました。そして、酵母細胞から核を単離する実験で、光学顕微鏡で見るのに、これほど簡単に精製できるオルガネラがあるのかと驚いたのです。

永田

液胞というオルガネラに興味を持ち、探っていくと、そこが分解の大事な場であることに気づいたという今のお話で大事なことは、細胞にはタンパク質を作るばかりでなく、それをうまくリサイクルするしくみがあるということ。そのしくみがオートファジーですね。オートファジーには役割が二つあって、一つはリサイクル。もう一つは不要になったタンパク質などを除去する。これができないといろいろな病気になったりします。リサイクル装置としてのオートファジーの理解は、大隅さんの研究過程でどのように確立されていったのですか。

大隅

私の研究の始まりは、タンパク質を合成するリボソームでしたので、当初より、合成への興味はありました。酵母細胞で液胞の膜輸送を調べていた時も、実は液胞にはアミノ酸がたくさん溜まるのですが、それが一体、どうやって使われるのだろうと考えていました。合成の裏返しとして分解に興味が移ったのだと思います。

永田

近年、細胞はタンパク質を作るだけでなく、分解するしくみを、精緻に発達させていることが分かってきましたね。大隅さんの研究しておられるオートファジーは、バルク分解とも呼ばれますが、細胞内で、膜でくるんだ領域にあるものを丸ごと分解してアミノ酸の供給源として再利用するしくみですね。細胞にはもう一つ、悪くなったタンパク質に目印を付けて選択的に分解するしくみもあります。これは、田中啓二さん(東京都医学総合研究所理事長)が、発見したロテアソームによる分解のしくみで、日本は今、大隅さんのオートファジーと、田中さんのユビキチンプロテアソーム系で、世界をリードする国になっていますね。

大隅

分解という問題に興味を持った自分の研究が、どのような歴史的背景にあるかと振り返ると、その必然性が見えてきます。私は、やはり遺伝子発現やタンパク質合成のしくみが明らかになり、ようやく、分解への興味が醸成されつつある時代に居合わせたのだと思います。科学というのは、自分一人の頭から捻り出すものでなく、その人の生きている時代背景から生まれてくるものだと思います。そこから何を学ぶかが、とても大事なことではないかと…若い頃そんなことは思いもよりませんでしたが、この歳になって強く思います。

2.つまらないからやめておきなさい

永田

大隅さんの講演の中で、大学の講義では、まず赤血球は1秒間に幾ら作られるかと学生に問うということでしたが、実際に計算させるのですか。

大隅

そう。5分あげますと言って。

永田

これを見ておられる皆さんも、ぜひ自分で計算していただきたい。どれくらいの人が回答できるでしょう(笑)?

大隅

講義では、計算してもらう前に、何個ぐらいだと思いますか? と必ず聞くのです。この頃の若い人は、すぐ「分かりません」と言う。でも「どう思うかというこちらの質問に対して、分かりませんという答えはないだろう」と、しつこく言うと、渋々いろんな数字を出してくれる(笑)。正しければいいわけでもなくて、自分なりに計算してみることが大事です。赤血球が何個ぐらいかという数値は、皆、血液検査で知っているので、寿命が約100日という数値を与えれば、二つの数値から計算できます。

永田

若い人を見ていると、聞いた数字を覚えるのは得意だけれど、例えば、大隅さんが1秒間に300万個だと言った時に、「なぜそうなるのですか?」と問い返す人は少ないですね。

大隅

はい。

永田

今、教育で問題なのは、知識は、与えられ、覚えるものだという思い込みです。なぜ、その数が出てくるのかという「問い」を発せられない。

大隅

例えば、草原を見た時、ここに何種類の植物がいるだろう、どうしたらこのようになるのかと考えるのでもいい。いろいろな「問い」が身近にあるはずです。子どもは、すぐに「なぜ?」と言いますが、大人になるにつれて質問しなくなる。世の中では、質問しないことが大人になることだと思われていますが、それは大きな間違いですと、私は、お母さんたちに言いたい。大人になっても、「なぜ?」と問い続けることが、科学者にとって大事なのですから。だから私も、オートファジーという現象で、一体、何が起こっているのか? 全部が分かったとはとても思えませんから、まだまだ仕事を続けていけると思っています。

永田

同感ですね。大隅さんのように、僕も、講義の始めに「君たちの細胞って、何個あるか知っていますか?」と学生たちに問い掛けるのです。やはり、すぐ「知らない」と言うけれど、「何個ぐらいだと思う?」としつこく皆に言わせる。出てくるのは、何百万個とか、何億個とか、だいたい小さな数です。60兆個だと言うと、皆、びっくりしてくれる。ところが「なぜ、60兆個だと言えるのですか?」と問い直してくる学生は皆無。加えて、これは私たち科学者の反省でもあるけれど、十何年間も60兆個と教えてきたのに、実は、2013年に37兆個であるという論文が出て、この時、科学者自身も、常識を鵜呑みにしていたことを深く反省することになった。結局、60兆という数は、数えようもないので、平均的な成人の体重を細胞1個の重さで割るか、人体の体積を細胞1個の体積で割った値でしかなかったわけです。改めて、各器官・組織ごとに、数えられるところの細胞を、文献を1つ1つあたって丹念に数えて集約すると37兆という数字になったというこの論文には感激しました。真実に近い数があるならば、それを知りたいという欲求を私たちはどこかに持っている。これがサイエンスへの信頼であり、原動力ですね。

大隅

私は、この頃の若い人が、安易に「役に立つ」と口にすることが気になります。「役に立つとは、どういうことですか?」と聞くと答えられない。なんとなく皆の役に立つ製品を作りたいというイメージに留まっている。しかし、ほんとうに役に立つということは、実を言うと、100年かけて検証されることかもしれない、ということを理解して欲しいと思います。われわれの時代、とくに理学部の学生は「役に立たないことをやるんだ」と元気に言えましたが、今は、そう言い難い時代で、「役に立つことやりたい」と言ってしまう。では、何がほんとうの役に立つのかを、長いスパンでしっかりと考えようよと私は言いたい。

永田

同じことですが、「つまらないことをやるな」という言い方がありますね。親が子どもに、「そんなつまらないことをしてないで、しっかり勉強しなさい」と言います。それは、役に立つことをしなさいということです。でも端から見て、つまらないことの中にこそ、本人にとっては興味を持つものがある。それを、つまらないことだからやめておきなさいと言うことで、自分が何かに興味を持つモチベーションを失わせていることが気掛かりです。

3.銀杏ちるなり夕日の岡に

永田

今、世界中の人が無関心ではいられない、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックにおけるサイエンスの位置について、大隅さんのお考えをお聞かせください。

大隅

新型コロナウイルスに教えられたことの一つは、私たち一人一人が、科学的であるか否かがとても大事だということです。人類はRNAワクチンという強力な手段を得ました。しかも、あれほど短期間で実用化されたことは科学の成果の一つです。しかし、その背後に、10年以上に亘る基礎研究があったということを強調しておきたいですね。もう一つは、情報が錯綜する中で、何が正しい情報かを人々が理解できる社会にならないと、これからも混乱が生じるだろうという危惧。その二つが、今、とても感じていることです。

永田

RNAワクチンの基礎を作ったのはカタリン・カリコという女性科学者ですね。彼女は研究者としては恵まれず、ハンガリーからアメリカへ、家族を伴って移住するのです。しかし、相変わらず、安定したポジションも研究費も得られなかった。それでも彼女は、研究が好きで仕方がなくて、彼女の旦那さんが、“You are not going to work, You are going to have a fun”と言ったそうです。あなたは働きに行っているのではない、研究室へ楽しみに行っているのだと。四六時中ラボにいないと気が済まない。そんな彼女の努力が実って、製薬会社のファイザーやモデルナがRNAワクチンを作ったのです。長い基礎研究の時代があり、しかも研究費が得られなくても、どうしてもこれをやりたいと仕事に打ち込んだ。面白いのは、旦那さんが、彼女の研究室にいる時間とサラリーを計算したら、時給がたったの1ドルだったと(笑)。でも、今は、素晴らしい業績として評価され、大隅先生にも授与されたブレークスルー賞や、慶應医学賞も彼女に与えられました。同じ基礎研究者としてとても嬉しい。世の中は、役に立つ研究に傾きがちだけれど、基礎研究こそが大事。これは大隅基礎科学創成財団の考え方でもありますね。

大隅

基礎研究が大事なのは、それが将来、何をもたらすか、どんな役に立つかは分からないけれど、だからこそ魅力があり、ポテンシャルがある。その意義を社会が認め、支援するのが成熟した文化ではないでしょうか。役に立ちそうだからお金を投資しようという発想は、人類にとっての大きな達成を妨げることにしかならないと思います。

永田

同感です。私が京大の学生の時、日本で初めてノーベル賞を受賞された湯川秀樹先生がおられて「君ら、今役に立つものは、30年たったら何の役にも立たへんで」と、よく言っておられました。やはり、知るということの喜びを、科学者だけでなく、その魅力を、皆さんとどのように共有できるかが大きな課題ですね。

大隅

知らないでいるよりも、いろいろなことを知ろうとして、自分なりに考えて暮らすほうが、充実した人生を送れるのではないでしょうか。人生を豊かにする芸術も、役に立つかどうかとは無縁です。芸術に接するのと同じようなやり方で、科学を見てもらえればよいのにと思います。

永田

私は、科学のもう一方で、短歌を作っています。例えば、そろそろイチョウが紅葉しますが、そんな頃には、ふと「金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に」という与謝野晶子の短歌が思い浮かぶ。イチョウを見て、その一首が思い浮かぶか否か。思い浮かぶほうが暮らしは豊かになると思います。これも何の得にもなりませんが。

4. 生き生きと伸びるには

永田

大隅さんの講演の中で、筍は、1日に1メートル伸びるというお話がありました。僕の家の裏にも竹林があるのでこのことは実感しますが、あれも液胞が関わっているのですか?

大隅

植物は、細胞に液胞があることで動物と大きく違ってきます。私が1メートル伸びるには、膨大な数のタンパク質を作る必要があり、とても1日ではできません。でも植物は、液胞という袋を大きくすれば、体積を10倍にも引き延ばせる。これは、竹が一晩で成長し、つる植物があっという間に伸びる原動力です。これが植物という生物の特徴なのだという風に理解してもらえると面白くなると思います。「植物は体積の9割が液胞です」と教わった通りに覚えるのではなくね。

永田

日本の教育制度には理系・文系という区分がありますね。さらに、どの学部へ進学するかを高校時代に決めてしまう。これは早すぎると思うのです。自由に泳ぐ時間が少ないのです。日本に教養部がなくなったことは、大学教育の堕落だと私は思います。

大隅

いち早く専門家になる教育を続けているところに、日本の教育の問題があると思います。現代のように変化の激しい時代は、専門家が、すぐに専門家でなくなってしまいますから、ほんとうに幅広い関心を養うという教育の基本に立ち返ることがますます重要だと思います。
理系・文系という区分も、この人には、こんな能力があるからそれを伸ばそうというのでなく、現状は、数学が苦手だから文系へとネガティブに扱われることが多いですね。素晴らしい能力がある人を生かしきれない社会になっているようで気掛りです。大学でも、研究室に入ると他分野との交流がなくなってしまうことが多くて、このままでは、日本の研究の将来は先細りするしかないでしょう。

永田

 

僕らが学生の頃は、大学の理学部へ入っても2年間は教養学部で、文学部へ行ったり、医学部へ行ったりと遊びがありました。今は、後になって進路変更を言うと、落後したと見做され、若い人が窮屈な思いをしています。私の研究室にも、数学科を出たけれど生命科学をやりたいと言って来た若者もいます。そんな自由度が大事ですね。

5.失敗に挑戦する世界へ

永田

科学の世界は、失敗に挑戦できるのがいいところですね。社会では、失敗は許されない、失敗を避けるのが常識です。でも研究者は、自分がやりたい実験を組んで、それが失敗した時、「なぜ駄目だったかを考えろ」とは言われても、失敗を叱られることはない。

大隅

研究はうまくいかないことの連続です。失敗からどれだけ学ぶかが次への鍵ですね。

永田

失敗から学ぶものは大きいですね。アメリカのベンチャーキャピタルも、実は、一つぐらいベンチャーを潰してきた人間にしか投資しないそうです。失敗することは一つの価値だということです。われわれも失敗に挑戦できるというのは、恵まれたところにいるんだ思います。
実は、近々、私と大隅さんとの共著が出版されます。『未来の科学者たちへ』(KADOKAWA)という著書で、今日、ここで話し合ったようなサイエンスの魅力について、そして次の世代を担う若者たちに、どんどんチャレンジして欲しいという思いを込めて上梓する一冊です。ぜひ、読んで欲しいと思っています。

大隅

私は、大隅基礎科学創成財団の活動を始めたことで、さまざまな分野の研究者や企業の方々と語り合う機会を得て、そこから大きな力を得られると実感しています。そして、これからの社会を変える大きな力となるような自由に交流できる場を実現したいと思っています。若い皆さんに対しては、何をおいても、自分の好きなことを大事に、大胆に踏み出して欲しい。それが、自分で人生を豊かにできる道だと思って欲しいと思います。

永田

今日は、最初に申し上げたように、大隅さんのお仕事だけでなく、そのパーソナリティーも感じて欲しいと思って、いろいろとお聞かせいただきました。大隅さんとは、ほんとうに長い付き合いで、私は、よい友を得たと、心から思っています。その人の仕事を信頼できる。その人を尊敬できる。サイエンスという仕事を通して、そのような人間関係を築いてこられたと思っています。サイエンスは人間の営みですから、こうして、よい友人を得られるということも、サイエンスの魅力の一つであるということを最後に皆さんにお伝えして、この対談を終わりたいと思います。

※この記事は、2021年9月11日(土)に開催したJT生命誌研究館・公益財団法人大隅基礎科学創成財団共催シンポジウム「生命誌から生命科学の明日を拓くⅡ」の内容から抜粋し、季刊「生命誌」の記事としてまとめたものです。



当日の記録動画をYouTubeチャンネルでご覧になれます。
 

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