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  4. PAPER CRAFT 超遺伝子 表現多型を生むゲノム ガラパゴスフィンチ





ゲノム中のある領域に並ぶいくつかの遺伝子が一緒にはたらき表現型を変えるとき、その領域を「超遺伝子」と呼びます。「超遺伝子」領域では、表現型の異なる対立遺伝子の組み合わせの選択が現在進行形で進化を生み出します。「超遺伝子」については、113号の記事で解説しましたのでご覧ください。

1. ダーウィンとフィンチ

進化論を唱えたチャールズ・ダーウィンが、その着想を得たのがガラパゴス諸島に住む小さな鳥、フィンチです。ガラパゴス諸島は、南米の太平洋岸の赤道直下にある火山群島で、大陸と陸続きになったことがないので、偶然漂着した生きものが独自の進化を遂げている場所です。ダーウィンは、それぞれの島に住むフィンチのクチバシの形に違いを見出し、「1つの種から目的に応じて変化したのではないか」と『ビーグル号航海記』に記しました。実際、現代のDNAによる研究で、ガラパゴス諸島のフィンチは数百万年前に大陸の祖先種が島に渡り、環境の変化や種間の関わりにより、17種に分かれたことがわかっています。

  

2. ガラパゴスフィンチの進化

フィンチのクチバシの違いから進化を実証したのは、プリンストン大学のグラント夫妻による、ダフネ島の全個体の追跡による研究です。40年にわたり気象条件による環境の変化に対して、フィンチの種がどのように影響を受けるか調査を続けました。

(図1)ガラパゴス諸島(左)とグラント夫妻がフィンチの研究を行った島として知られるダフネ島(右)

凝灰岩のクレーターでできており、樹木はない

 

フィンチは、それぞれの島で食べ物に適応して種が分かれました。地上性のガラパゴスフィンチは、主に地面にいて種子を餌とします。オスの成鳥が黒、メスや若鳥は茶色や灰色の羽色をしています。大型のオオガラパゴスフィンチ(Geospiza magnirostris)、中型のガラパゴスフィンチ(Geospiza fortis)、小型のコガラパゴスフィンチ (Geospiza fuliginosa)の3種が同じ場所で見られますが、食べ物の大きさで棲み分けています。中型のガラパゴスフィンチに注目すると、その中にクチバシが大きいもの、中くらいのもの、小さいものがいます。2004年と2005年に起きた旱魃のあとガラパゴスフィンチの数を調べたところ、大きなクチバシをもつ個体が減っていました。旱魃で植物が育たず、大型の種子をめぐってオオガラパゴスフィンチと競合して、餌が足りなくなったのです。結果として、小さな種子を好むクチバシの小さいフィンチが生き残り、ガラパゴスフィンチ全体では、クチバシが小さくなる方向の進化が起きたように見えました。過去には、逆に小さな種子が不作で、硬い種子を割ることができるクチバシの大きいフィンチが有利だったこともあり、進化は一方向ではありません。クチバシの大きさは、大きなクチバシか小さなクチバシかを決める遺伝子座のどちらをもつかで変わります。得られる食べ物が変わるとそれに合わせたクチバシをもつものが生き残り、その遺伝子座が選ばれて、適応進化が起こるのです。

(図2)3種のガラパゴスフィンチのクチバシの比較

上から、コガラパゴスフィンチ(体長11cm/体重12g)、ガラパゴスフィンチ(体長12.5cm/体重20g)、オオガラパゴスフィンチ(体長15-16cm/体重35g)

 

3. クチバシの大きさを決める超遺伝子

長年のフィールド研究によって蓄積された形態や行動の観察に、血液サンプルの収集によるDNA解析が加わり、進化の背後にある原因の遺伝子を突き止める研究が始まりました。クチバシの大きさの遺伝子座は、個体ごとのDNAを比較して大きいものと小さいもので違いがある場所を探します。その結果、染色体1Aにある遺伝子HMGA2が候補に上りました。クチバシの形を決める遺伝子としてALX1が見つかっていましたが、大きさを決めるのは別な遺伝子でした。HMGA2遺伝子は、マウスでは機能を失うと成長が遅くなり、ヒトでは身長や頭の大きさとの関連が知られています。フィンチでも成長に関与して、大きさを決めると考えられます。DNAの比較からは、HMGA2とさらに3つの遺伝子がつながった約52万5千(525K)塩基の長さの領域が、クチバシの大小を決める対立遺伝子となることがわかりました。その中には、骨や皮膚の形成に関わることが予想されるLEMD3も見つかりました。4つの遺伝子の関係はまだわかっていませんが、この525K塩基の領域が大小の違いの遺伝子座を構成していることから、この領域はクチバシサイズの「超遺伝子」であると考えられました。 また、オオガラパゴスフィンチは大の遺伝子座のみ2つもち、コガラパゴスフィンチでは小の遺伝子座のみを2つもっていました。ガラパゴスフィンチは、両方の遺伝子座をもつので、大中小のクチバシが現れるのです。

(図3)クチバシの大きさを決める遺伝子座

525K塩基の遺伝子座の4つの遺伝子の組み合わせが、大きなクチバシ(L)と小さなクチバシ(S)の表現型を表す対立遺伝子としてはたらき、組み合わせによってクチバシの大きさが決まる


さらに、地上性フィンチだけではなく近縁の樹上性フィンチでもこの遺伝子座がクチバシの大きさを決めることがわかりました。つまりこの領域は、地上フィンチと樹上フィンチが分岐する前から、クチバシの大きさを決める遺伝子座であったということです。

 

4. クチバシの色を決める遺伝子

フィンチの雛や若鳥のクチバシの色は、ピンクまたは黄色です。色の違いは遺伝で決まっており、ピンク色が顕性で黄色が潜性を示すことが知られていました。この原因遺伝子を探索したところ、24番染色体上のβ-カロテンオキシゲナーゼ2(BCO2)遺伝子が見つかりました。カロテノイドは、鳥や爬虫類など動物の体色に黄色を加える色素で、BCO2酵素はカロテノイドを分解します。ピンクのクチバシを決める遺伝子座ではBCO2の活性が上がり、カロテノイドが分解されて血色が透けるのでピンクに見えます。BCO2活性の低い遺伝子座を2つもつと黄色のクチバシになります。これは一つの遺伝子で表現型の多型を生む例です。成鳥になり繁殖の頃には、メラニン色素の沈着によって黒くなります。

 

(図4)クチバシの色を決める遺伝子座

BCO2の活性の高いBが顕性を示してピンクのクチバシになり、BCO2の活性が弱くカロテノイドが残るbは潜性で黄色のクチバシになる。

 

ガラパゴス諸島のフィンチは100万年前から、火山島であるガラパゴス諸島の変化に富む気候に耐え、限られた食料を利用しながら危機的な状況にも幾度も出会い、そのなかで適応したものが生き残りダーウィンの描いた進化を今に見せています。
 



 

参考文献

Erik D. Enbody et al. Cur. Biol. (2021), 31(24); 5597-5604.e7
Sangeet Lamichhaney et al. SCIENCE (2016), 352(6284); 470-474
Erik D. Enbody et al. SCIENCE (2023), 381(6665); eadf6218
Galapagos Conservation Trust

  

 


 

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