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研究館より

表現スタッフ日記

2022.02.01

生きものという現象

生命とは何かを探る視点は世の中にたくさんある!季刊「生命誌」に登場した研究者、哲学者、芸術家などさまざまな分野の方から学んできたことです。例えば85号に登場いただいた蔵本由紀先生には、生きものを「散逸構造」から捉えることを教わりました。散逸構造とは、「エネルギーが熱として失われていく過程で、自己組織化のもとに発生する定常的な構造のこと。(中略)細胞を始めとした生きものの構造も散逸構造とみなされている。」と本文の註釈にあります。

物理学者のプリゴジンが名づけたもので、生きもののほかに、雲や台風などの生成と消滅は散逸構造が関わっているそうです。雲と生きものが共通項で括られるのは不思議な感じがしますが、条件がそろえば形成され、エネルギーの源が絶えれば失われるという点で似ているということでしょうか。確かに生きものは、個体や細胞のレベルで見れば毎日生まれるものであり、それは雲がいつの間にか空に浮かんでいるのと似ている気がします。しかし今の生きものは、既にいる個体や細胞から生まれるのであって、約38億年前に、分子のよせ集めから原始の細胞が生じたのと同じように生まれるわけではありません。雲が出たり消えたりを繰り返すのとは異なり、生きものという現象はまだ一度きりしか起こったことがなく、また一度も終わったことのない、ひと続きの出来事であるという点は大きな特徴と言えます。

炎も散逸構造に当てはまるそうです。ヒトにおいても「脂肪を燃やす」などと表現しますし、炎は化学反応でエネルギーを取り出していることが目に見えてわかるので、雲よりは共通点があるように思えますね。しかし歴史性という観点でみるとどうでしょう。例えば日本各地に弘法大師・空海が灯して以来、1000年以上維持されていると伝わる「消えずの火」がありますが、この炎が本当に一度も消えずに燃え続けているか証明するのは難しいように思えます。仮に500年目に誰かがうっかり消してこっそり灯し直していたとしても、炎の姿は以前と変わないはずですから。一方、今知られている生きものはみな細胞にゲノムDNAをもつことから、共通の祖先からゲノムを受け継ぎ、続いてきたと考えることができます。生きものという現象は一度しか起こったことがなく、まだ終わったことがなく、さらには歴史性をもつのが特徴だと言えそうです。

「生物学は個別各論ばかりで、原理が感じられず、暗記科目でしかない」とはよく聞かれる批判です。それもそのはずで、散逸構造という視点で考えると、一回しか起こったことのない生きものという現象の再現性や原理を探ろうとしていること自体が無謀なのかもしれない・・・とも思うのです。ともあれ、生きものを考える時、生物学から少し視点をずらし、別の分野から眺めてみると新鮮な風に吹かれた気分になります。次号の季刊「生命誌」のテーマはまだ秘密ですが、こんなふうにちょっと物理学に視点をずらして現実逃避してみたくなるほど、私にとっては手強い分野です。よい気分転換ができたところで、山と積まれた資料に戻りたいと思います。