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研究館より

表現スタッフ日記

2023.01.17

輪郭を広げて包む

小学生のころ、担任の先生が面白い話をしてくれたことがあります。先生は黒板にサッカーボールくらいの円を描いて、「これは今の君たちが、その知識や経験によって理解している世界です。」 と言いました。そして「勉強をしていると、どうしてもわからないことが出てきます。君たちにとってわからないことは、今の自分の世界の外にある、異物のようなものに感じられるでしょう。」 と言って、サッカーボールの周りに野球ボールくらいの円をたくさんくっ付けました。「しかし、君たちが成長して世界が一まわり広がれば、どうしてもわからなかったことも、いつの間にか理解できるようになっています。」先生は一まわり大きな円で、全ての円を包み込みました。「だから、今どうしてもわからないことがあっても大丈夫。せめて『こういうことを勉強したな』という程度に、記憶に留めておくようにしましょう。」 勉強とは、教えられた全ての事柄を覚え、理解し、知識を一つひとつ増やしていく超地道な作業だと思っていた私にとって、「今はわからなくても大丈夫」という教えは願ってもないものでした。一方で、今の私にわからなくて、成長した私ならわかるってどういうこと?と首をひねったものです。

先生の教えは、実は学生の間はあまり役に立ちませんでした。結局、試験勉強では「いつかわかるから大丈夫」 などと悠長に構えていられなかったからです。しかし大人になって研究をベースに生物を表現する仕事を始めてからは、「わかりやすさ」を常に意識するようになったためか、この話をよく思い出します。電子顕微鏡でしか捉えられない細胞のミクロな構造や、何万年・何億年という、誰も確かめようがないほど長い時間のかかる生物進化を、どう表現したらわかりやすいと言えるのだろう。論文を読んで結果を並べても、わかりやすいとは言ってもらえない気がします。一方で、一つひとつの研究はますます専門化が進んで、知らない略語が出てこない論文は一つもありません。これを伝えるには詳しい説明が不可欠で、どうしても言葉が多くなってしまいます。

常につきまとう表現の悩みに光が射すのは、研究者の生の話を聞いている時だと感じています。一線で活動している研究者は、わかっていないことも含めた全体像を語ることが上手です。それは知識だけでなく、その人だけの感じ方や来歴のようなもので編まれていて、不思議と納得してしまうのです。未知の事柄に突き進むということは、理解の輪郭を自分でどんどん広げていくことであって、研究者は、成果を後追いしている私たちとは全く違った世界が見えているのでは? と感じます。一見独立しているように見える一つひとつの事実を、一まわり大きな輪郭で包んで見せることが、わかっていないことも含めて「わかりやすい」と感じる表現をするコツなのかもしれません。大人になると、子どもの頃のように自ずと世界が広がっていくことは少なくなります。研究者のように常に自身の輪郭を広げていくことは並大抵のことではできないかもしれませんが、知らないことに眼を向けて、その豊かさにわくわくする気持ちは忘れずにいたいなと思います。