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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2026.01.15

今年の生命誌として思うこと

皆さま、佳いお年をお迎えになったことと存じます。今年はどのような年になさりたいですか。

年末はおせちや松飾りをつくり、年始には祝膳のあと初詣に行くという日本のお正月を過ごしながら、一つ原稿を仕上げました。“レイチェル・カーソンの『沈黙の春』を読み、それの現在にとっての意味を考える”というものです。本になるのは三月ですが、そこで考えたことは「今年の生命誌のテーマ」でもありますので、ちょっと紹介します。

いつも通り「人間は生きもの、自然の一部」が基本です。ここで考えなければならない自然は地球であり生態系ですが、今回注目したのは、その中の「人間という自然」です。具体的には、私たちの「体と心」です。

1950年代に、カーソンは、人間が自然を支配できるという考え方で、農薬をやたらに散布することに疑問を呈しました。春が来ても鳥が鳴かない地球になりますよと警告したのです。カーソンは、化学物質やそれが生み出す科学を否定したのではありませんが、「沈黙の春」は、学界や企業から非難されました。進歩への疑問だったからです。今では、生態系尊重の認識は高まりましたが、社会全体は相変わらず進歩・拡大を求め、当時以上にお金と権力が幅をきかせ、格差社会になっています。ツバルが沈みつつあるという報道に目を向けず、戦争をしたがっているリーダーたちは、何を考えているのでしょう。

ところで2020年代の今、カーソンが指摘した「外の自然」ではなく「内の自然」、つまり私たち自身に対して、科学技術がそれを支配できるという考え方ではびこり始めているのがAIです。50年代の農薬が「外の自然」に対して行ったことを「内の自然」に対して行っていると言ってよいでしょう。私もAIという技術やそれを生み出す科学を否定はしません。けれども無制限に使われているAIには、「内の自然」の危機を感じます。意味を考えながら言葉をやりとりすること、自分で考え想像力をはたらかせることなど、私たち人間にとって大事なことが取り上げられていくのですから。カーソンは、自然に向き合うときに大事なのは「センス・オブ・ワンダー」だと言いました。内の自然に対しても同じです。生命誌ではそれを「愛づる心」と呼んでいます。自然をよく見つめると浮かび上がる畏敬の念です。

カーソンは、急いで進まなければならない高速道路ではない「もう一つの道」を歩こうと言いました。私も同じ考えですが、「もう一つの道」は生きものである人間としての「本来の道」だと思っています。「外の自然」と同時に「内の自然」も考えての、人間らしい生き方ができる道です。

AIさえあれば未来は明るいという風潮に疑問を持ち、「内の自然」、つまり私たち自身(人間)について考えることが、今年の生命誌のテーマになりそうです。よろしくお願いいたします。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶