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研究館より

表現スタッフ日記

2026.02.17

「かず」と「ことば」と「せいかつ」と

前回の中井さんの表現スタッフ日記に感化されて、ちょっとこういうタイトルで考えたいと思いました。うちの小学一年生の時間わりでいうと「さんすう」「こくご」「せいかつ」です。これって文明社会の基礎だなと思います。

今、三兄弟の末っ子が一年生。思えば、長男の小学校進学の頃から折に触れ、日々の宿題など一緒にやりますと、むしろこちらが感化され、気づかされることも多く、子どもの成長、ことに小学一年生の伸び、というか柔軟・貪欲な適応・吸収力はすごい、面白すぎっ! というところから話を始めさせていただきます。

自分の名前が字で書けるように、しかも言われなくても、しかるべき覧に書いている。当たり前のこと。しかし、最初はできなかった。それが徐々にできるようになっていく過程に寄り添っていますと、実は、五十音だって、結構複雑なんだっていうことに改めて気づかされるわけです。小さい「っ」(促音)とか、濁点、半濁点、それらの組み合わせによって生まれる豊かな語彙(と言葉によって示される世界)の沃野。もちろん「ひらがな」と「カタカナ」の使い分け、さらに一年生で習う漢字は80字あるそうです。日々の学習(というか遊んでいるようにも見えるが)を重ねるうちに、読めない字が読めるように、書けるように(やや怪しいが)、目で追う字を声に発し、その意味を思い、言葉で語ることが、いつの間にやらできるようになっている。自分の置かれた状況や感情を誰かに伝えむと葛藤する(なかなかうまく表現できないもどかしさも含めて)、即ち「ものがたり」を自ら生成し、語れるように、その結果として、本人もそれと気づかぬうちに文法を理解し「ことば」を身につけている。すごい! そういう生きもんなんだって思うほかない。
 
「さんすう」で「かず」の概念を身につけていく過程も目を見張るものがあります。「大きい」「小さい」という比較概念に基づき「1のくらい」「10のくらい」「100のくらい」を、指が足りなくなると「さんすうタイル」などを駆使してあつかえるようになる。そして数と数を「あわせ」たり、「どちらがどれだけおおい(すくない)」ということを、言葉(文章)で問われ、そのとき自分はなにをすべきか、たしざんなのかひきざんなのかを考えて選び、しきであらわし、こたえを導きだし、最終的には「かず」と「ことば」を組み合わせて回答する。つまり「みかんが 4こ、かきが 13こ あります。 どちらが なんこ おおいですか」という問いから「13ー4=9」という式を導き「かきが9こおおい」と答える。これって、かなり知的作業だし、かつ社会が求める約束事への適応(こういう時はこういう風に答えるという定形をそういうものとしておそらくほぼ潜在的に受け入れ身につける)です。「さんすう」では加えて、簡単な「ずけい(幾何)」や「とけい(時間)」「なかま(集合)」の概念にも触れます。これもけっこうすごい! 深い世界への入り口ですよ。
 
「こくご」は、実は、宿題の「おんどく」を聴かせてもらうのが毎日の楽しみで、「ああ、こくごの教科書って、よくできてんなあ、すごいな編集者」って、これはけっこう手放しで、感無量! ほんとまさに「にんげんっていいな!」ってどこかで聞いたフレーズですが、素直に首肯してしまいたくなる「カルチャー(culture)」の豊穣さ。あらゆる読者を拒まない、風土・歴史に育まれた物語世界・文学表現の懐の深さというものを、うちの子(というか次の世代みんな)に、ちゃんと伝えようとしてくれている。音読を聴きながらそのことを私はしみじみ感じ入るのですが、今、彼(というのはうちの一年生)が苦戦しているのは「一月一日、二月二日、三月三日、四月四日、五月五日、六月六日、七月七日、八月八日、九月九日、十月十日」これらに「よみがなをふる」ことができるようになるという課題です。これは不勉強な親としては「それ、理屈じゃないから、覚えるしかないから…」って、何月ってところはともかく、後ろのところはふつうは「なんにち」って読むんだけど、この場合は「ついたち、ふつか、みっか、よっか、いつか、むいか、なのか、ようか、ここのか、とおか、」って言うんだよって。これはもう字で書くより、くり返し声に出して唱えて身につけるほかはない「文化」の一端ですよね。
 
長い長い時間の経過の果てに、最初は、何らかの「理屈」に基づいて働いていた機能が、幾たびも発現し動的に(ほぼ口承に等しい臨機応変さで)継承されるうちに、徐々に抱え込んでいってしまった小さな変化が積み重なることで、もう今となっては、元々あった「理屈」を知る人もこの世におらず、どんな「理屈」に照らしてもその機能を説明(理解)することは難しいのだけれども、しかし、それは姿を変え、文脈や働きを変えつつ、相も変わらず機能し、今もその「働き」が継承されている。「文化」とは、そういうものなのだと思います。そしてそのありようは、私たち生きものを生かす「ゲノムDNA」にもそっくりだと思いませんか。

ところで私事で恐縮ですが、「かず」と「ことば」ということで思うことをもう一つだけ。「生きている」を考える季刊『生命誌』のテーマに毎年一つの「動詞」を選んでいた頃の話です。今、思い出すのは、実は、「私の父が亡くなったのは『関わる』の年」、「母が亡くなり、長男が生まれたのが『編む』の年」、「次男は『紡ぐ』年に生まれました。」つまりこれらの動詞が個々の出来事と結びついた生きた言葉、記憶のインデックスなのです。「あれは『動詞α』の年(変数αには年ごとの季刊『生命誌』テーマの動詞を代入)だった」と動詞ですぐさま想起できるのですが、それが数字とはあまり結びつかないのです。三男が生まれた時には、もう動詞でテーマを立てることをしていませんでした。けれども平成の最後の年だったということを記憶を手繰る糸口としています。人によって異なるのだと思いますが、私の場合は「かず」よりも「ことば」が拠り所のようです。

長くなってしまいました、そろそろ終いにします。題にあげた「せいかつ」ということについてあまり多くは触れていませんが、「こくご」も「さんすう」も「せいかつ」との関わりあってこそ、「せいかつ」に資する知恵かと思われます。小学校低学年で履修する「せいかつ」は3年になると「理科」と「社会」に分化します。「生命誌」も基本は生命科学ですが、目指すところは、誰もが享受しうる生活者に等身大の「生きものとして生きる知恵」の創成というところかと思います。今、当館ホームページでも「ミッション」ということを謳っています。いっとき、これと並べて「ヴィジョン」という言葉も掲げていたのですが、いつからかこれは下げて、そうこの言葉も数年の間に継承過程で起きた変化を身体に刻みながら、しかし、その働き(語りかけるメッセージ)は変えずに今もホームページのintroductionページ「ようこそJT生命誌研究館へ」というプロモーター領域の下流に位置する本文文字列の末端側に幾分か残されています。まだ数年しか経っておりませんので、遡って原文を復元してみることができます。「生命論的世界観に基づく、ひとりひとりが幸せに生きる心豊かな社会をつくる」です。
 
今回、当初は「語りの芸能としての生命誌の表現」というような題で語ろうと思っていました。でも過去にもう日記で書いてなかったかしら? と思いバックナンバーを見返しておりましたら、もう自分でも書いたことも忘れていたけれど、これ、今、読んで自分でも面白かったなと思えたものを3つ、最後に参照URL を添えさせていただきます。ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。まだお付き合いいただけそうでしたら、是非以下も、再読くださいませ。
 
「生きものは『息もの』」2019年1月7日
※もう聞くことのできない、逝ってしまわれた何人かの先生方の<声>とともに(これは申し訳ないけれども現場に立ち会う編集者の特権で、書き言葉に落とし込んだ後も読み返す度にその時その場での生きた対話の状況がかなりの細部まで想起され恐縮するのです)。
 
「トマトの美味しい季節に」2019年8月1日
※これは、2020年4月1日の3代目永田和宏館長就任を正式に知って書いたか知らずに書いたか、記憶が曖昧です。

「生命誌の『誌』は」2023年1月5日
※今、来館者の方にもいつもお伝えする「生命誌」の基本というか、由来というか。

ここまでに語られたことは生命誌の片鱗。創立から三十有余年の蓄積を、今、私たちはどのように続く世代へ語り継いでいったら良いのでしょうか? そう思う時に想起するのはやはり季刊「生命誌」50号記念TALK「生命誌という作品づくり ー知と美の融合を求めてー」(岡田節人×中村桂子)。ここで語られている生命誌研究館の目指すところを私なりに要約すると「プルーストによる『ヴァントウィエの七重奏曲』を想起しつつ「品のある娯楽」を目指すこと、啓蒙や説明ではありません、娯楽ですぞ!」と。皆さんはこれを読んでどう思われますか? ぜひご一読を。