中村桂子のちょっと一言
2026.03.17
身近な日常を大切にする生命誌
枕元のラジオにスイッチが入り、ニュースが聞こえてきます。今日もまた戦争の話です。私はこんな社会をつくりたいと思って生きてきたのではないのだけれど、他の方たちはこれを求めていたのかしら。いや、私の回りの人は誰もがなんだかおかしいと言っている……それなのに。
たまたま家人が近くの図書館からかりてきたメルケル元ドイツ首相の自伝、『自由』を読みました。「人々が幸せに暮らす社会のために人間として何をするか」を日々考えながら行動しているリーダーの姿が、昔の話のように見えてきます。常に人の考えを聞き、目前の課題の難しさに悩み、過ちは素直に認め、事を進めていく姿は爽やかです。東独での体験から「自由」を大切にしますが、コロナ・パンデミックの時には自由の制限の意味を国民に語りかけます。女性だからということが表には出ていないけれど、どこか女性のよさが入っているさまざまな施策や行動。もちろん問題は山ほどありー今に続く問題として、たとえばNATO―ですが、一緒に考える感じがあります。世の中はいつだって問題ありですが、皆でそれを考えていける世の中でありたいと思います。
「戦争は社会として最も愚かな選択」であることは、間違いのない事実です。天災は逃れようもなく、あるものとして対処しなければなりませんが(異常気象など、引き起こさないようにすることも含めて)、戦争は“逃れようのないもの”ではありません。それなのに“戦争などバカバカしい”として“#ママ戦争止めてくるわ”というまともな考えを、ノー天気と言って否定するのが“あたかもまとも”であるかのようにされる世の中になってきました。急速な変化です。
私は、平和という理想を求めているのではありません。日常を日常として穏やかに暮らすことを奪わない社会を求めているだけです。それをノー天気とは言えないでしょう。
生命誌は、身の回りをよく見て、日常を大切にする知です。私の回りには、それを大切にして、皆が生き生き暮らす社会づくりをめざして食べもの、健康、教育、まちづくりなどをテーマに活躍している方がたくさんいらっしゃいます。そこでは「いのち」が浮かび上がりますから、戦争にはつながりようのない社会に見えます。権力やお金がどう動こうと、身の回りを大事にする生き方が「本来の道」であると信じて、身近な仲間たちの応援係をつとめることが、今とても大事になっていると思っています。「戦争止めてくるわ」の表示回数が1億8千万回を超えたそうですし。
たまたま家人が近くの図書館からかりてきたメルケル元ドイツ首相の自伝、『自由』を読みました。「人々が幸せに暮らす社会のために人間として何をするか」を日々考えながら行動しているリーダーの姿が、昔の話のように見えてきます。常に人の考えを聞き、目前の課題の難しさに悩み、過ちは素直に認め、事を進めていく姿は爽やかです。東独での体験から「自由」を大切にしますが、コロナ・パンデミックの時には自由の制限の意味を国民に語りかけます。女性だからということが表には出ていないけれど、どこか女性のよさが入っているさまざまな施策や行動。もちろん問題は山ほどありー今に続く問題として、たとえばNATO―ですが、一緒に考える感じがあります。世の中はいつだって問題ありですが、皆でそれを考えていける世の中でありたいと思います。
「戦争は社会として最も愚かな選択」であることは、間違いのない事実です。天災は逃れようもなく、あるものとして対処しなければなりませんが(異常気象など、引き起こさないようにすることも含めて)、戦争は“逃れようのないもの”ではありません。それなのに“戦争などバカバカしい”として“#ママ戦争止めてくるわ”というまともな考えを、ノー天気と言って否定するのが“あたかもまとも”であるかのようにされる世の中になってきました。急速な変化です。
私は、平和という理想を求めているのではありません。日常を日常として穏やかに暮らすことを奪わない社会を求めているだけです。それをノー天気とは言えないでしょう。
生命誌は、身の回りをよく見て、日常を大切にする知です。私の回りには、それを大切にして、皆が生き生き暮らす社会づくりをめざして食べもの、健康、教育、まちづくりなどをテーマに活躍している方がたくさんいらっしゃいます。そこでは「いのち」が浮かび上がりますから、戦争にはつながりようのない社会に見えます。権力やお金がどう動こうと、身の回りを大事にする生き方が「本来の道」であると信じて、身近な仲間たちの応援係をつとめることが、今とても大事になっていると思っています。「戦争止めてくるわ」の表示回数が1億8千万回を超えたそうですし。
中村桂子 (名誉館長)
名誉館長よりご挨拶