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研究館より

表現スタッフ日記

2026.03.17

極限下の科学

論文:『Dogs of War: The Effect of War-Inflicted Environmental Damage on Free-Ranging Domestic Dogs』
(Mariia Martsivら, 2025年, Evolutionary Applications誌)

こちらは進化生物学の学術誌『Evolutionary Applications』に掲載された、2022年から侵攻中のウクライナの戦場周辺において放し飼いされている、「前線付近で生きる犬」と「その他の比較的安全な地域で生きる犬」の表現型や年齢構成、健康状態などの比較分析をしたものです。また、安定同位体分析という手法を用いて、毛のサンプルから犬たちが普段何を食べているか、栄養状態も調査したものになります。

リザルトには前線付近にいる犬は他の地域の犬に比べて、体格が著しく小さい(体重が約32%・体高が約21%減)だけでなく、同位体分析からも肉類を口にできず、植物ベースの餌に依存する深刻な栄養失調状態にあることや、高齢や病気の個体は淘汰され、若く健康な個体しか生き残れないという過酷な自然淘汰に直面していることが記載されていました。

リアルタイムでこのような環境で生物の淘汰や生存競争について調査した論文を他に知らず、学術的な本筋からは少し逸れてしまうのですが、戦争という極限状態においてこれほどの生態学データを集めて、論文として形にした研究者の方々にただただ圧倒されました。もし安全も余裕も確保できるかわからない状況にいても、自分はできることを全うできるだろうか。今は平穏さえ祈らなければならない日々ですが、どうか地に慈しみがあることを願います。