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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2026.05.15

連休はいかがでしたか ―私はAIとつき合いました

一年の中でも最も気持ちの良い季節と言えるこの時期の連休を、いかがお過ごしになりましたでしょうか。

私は、研究館に通っていた頃と同じく、衣替えと庭の手入れ(以前より手抜き)です。そして雨の日は本棚の整理というのも例年通りですが、今年は、それに加えてAIに関する本を読みました。主に、「生成AI」です。とにかく、次々と本が出てくるのに驚いています。たくさんの本の中には、識者でありながら「生成AIは人間を超える」という立場で書かれているものもあり、そこではAIは凄いという言葉が続きます。

私は、自分の文章を書く時に生成AIの助けを借りようとは思いません。感覚的に。でも「人間を超える」という人がいるほどに広がっている「生成AI」とは何かは知っておかなければならないでしょう。それは、人間とは何かを考えることにつながるからです。もちろん、AIへの礼賛でも反発でもなく、大事なことは何かを考えている本がいくつもありますので、そこから学びました。


その中で、AIは「自らの問いにどう答えるかを人間に忘れさせてしまいかねない初めての技術である」(シャノン・ヴァロー)という言葉が、一番しっくりきました。その結果、私たち自身とその未来を見失うかもしれない、世界をつくっていく力と責任を忘れるかもしれないのです。「40億年かけて生まれてきた人間という存在の可能性を信じる」という生命誌の基本姿勢からすると、このような人間になるのは困ります。

科学研究や環境、経済、政治などの複雑な課題の解決のために、人間が考えることを助けるAIは必要でしょう。けれども、「機械論的世界観」の中での加速主義に振り回され、タイパやコスパのために自然・生命・人間という中での人間がもつ可能性を押さえ込み、本当に豊かな未来を生み出す気持ちを失なわせるようになってはダメです。

生成AIは、「知性を、外に現れる行動や応答だけで判断する」というチューリングテストの延長上にあり、人間にとって大切な意味や意識などとは無関係ですし、なぜコンピュータにこれができるのかは誰にも分かっていません。それなのにこれを「人間の知性に迫る道筋を示す科学的発見」と言う方もあり、この辺りを整理しないととんでもないことになりそうです。

40億年の歴史を共有する生きものたちと「私たち生きもの」というお付き合いをしている「生命誌」としては、それをせずに、「AIと親友になりましょう」と言われても、先に生きもののことを考えて下さいと答える他ありません。

子どもたちが制限なく生成AIを使うことになる前に、専門家が「生成AIとは何か」を正確に示して欲しいです。そのうえで、人間は身体のある生きものであることと、「自ら問いを出し、それに答える」という存在であることを忘れずに、
AIとの付き合い方を考えるという順番で進む必要があります。

「AI」関連の本を積み上げて、考え込みながら、「生命誌」としての答えを探しました。連休は終わりましたが、これからも悩みは続くのでしょう。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶