中村桂子のちょっと一言
2026.06.02
子守唄は「いのちの讃歌」というお仲間と共に
「子守唄・わらべ唄学会」の方たちと、「いのち」についてお話をしてきました。子守唄は「いのちの讃歌」と考えての話し合いです。子どもの虐待が起きるなど、荒れた家庭の改善には、子守唄が役立つのではないか。もちろん育児全般の応援にもなるとお考えになった西舘好子さんが、日本子守唄協会をつくり活躍されています。京都大学の鵜野祐介先生など、子守唄やわらべ唄の研究者もいらっしゃいます。これらの方が協力してつくられたのが、「子守唄・わらべ唄学会」。私もほんの少しお手伝いをしています(BRH評価委員をして下さっている山極寿一先生も御一緒に)。
子守唄は、今私の一番の関心事である「情報の生命誌」に関連して興味深いので、追々語っていくこととして、今回は赤ちゃんのことを話しているうちにふと思い出した事です。
今から60年ほど前、育児という大事に初めて向き合うことになりました。周囲の体験者から学べばよいはずですが、当時は、従来の日本の子どもの育て方は間違っているという風潮だったのです。たまたま、当時日本で最先端とされていた産科・小児科の病院で出産したものですから、指導は米国型、科学一辺倒でした。育てるとは、個の確立した人間にすることですから、最初から親とは別の部屋にベッドを置きます。母乳は人によって質が違うので、科学的に必要な成分が過不足なく入った粉乳を飲ませなさい。抱き癖がつくので、できるだけ一人にしておくこと。その他諸々。『スポック博士の育児書』を与えられて、自分で勉強し、自分で考えなさいと言われます。古臭い親の言うことに惑わされないように。
母親たちを無視する気はありませんでしたが、先生のお言葉になるべく添うように、新米ですからそうなります。別の部屋で泣きもせず静かにしていると、もしかしたら息をしていないのではないかと心配になって、そっとのぞきに行きました。免疫力をつけるために母乳が不可欠、スキンシップこそ育児の基本……今はこう言いますね。普通にしていればよかったということで、あの時の緊張は何だったのだろうと思います。
人間という複雑で、まだ何もわかっていない生きものについて、「科学的」という言葉で多くの人の体験から生まれた知恵を否定し、その時点での新しさだけを求めてはいけないと教えられた体験です。「生命誌」は、科学を基本に置きながら、これまでの生き方に学ぶことの大切さを意識するのは、ここに原点があるのかも知れません。幸い、子どもたちは素直に育ってくれましたけれど。
抱っこやおんぶをして子守唄を歌うというのは、大事な知恵のひとつでしょう。しかも、それが「言葉の始まり」ではないかとも言われ始めています。そこで今最も関心を持っている「情報」の中でも、特に興味深い「言葉」について考えているうちに、子守唄に関心が向いたのです。60年前に教えられた科学的育児には、子守唄は入っていませんでした。今も何も分かってはいないのだと肝に銘じながら、子守唄のお仲間の話に耳を傾けています。
子守唄は、今私の一番の関心事である「情報の生命誌」に関連して興味深いので、追々語っていくこととして、今回は赤ちゃんのことを話しているうちにふと思い出した事です。
今から60年ほど前、育児という大事に初めて向き合うことになりました。周囲の体験者から学べばよいはずですが、当時は、従来の日本の子どもの育て方は間違っているという風潮だったのです。たまたま、当時日本で最先端とされていた産科・小児科の病院で出産したものですから、指導は米国型、科学一辺倒でした。育てるとは、個の確立した人間にすることですから、最初から親とは別の部屋にベッドを置きます。母乳は人によって質が違うので、科学的に必要な成分が過不足なく入った粉乳を飲ませなさい。抱き癖がつくので、できるだけ一人にしておくこと。その他諸々。『スポック博士の育児書』を与えられて、自分で勉強し、自分で考えなさいと言われます。古臭い親の言うことに惑わされないように。
母親たちを無視する気はありませんでしたが、先生のお言葉になるべく添うように、新米ですからそうなります。別の部屋で泣きもせず静かにしていると、もしかしたら息をしていないのではないかと心配になって、そっとのぞきに行きました。免疫力をつけるために母乳が不可欠、スキンシップこそ育児の基本……今はこう言いますね。普通にしていればよかったということで、あの時の緊張は何だったのだろうと思います。
人間という複雑で、まだ何もわかっていない生きものについて、「科学的」という言葉で多くの人の体験から生まれた知恵を否定し、その時点での新しさだけを求めてはいけないと教えられた体験です。「生命誌」は、科学を基本に置きながら、これまでの生き方に学ぶことの大切さを意識するのは、ここに原点があるのかも知れません。幸い、子どもたちは素直に育ってくれましたけれど。
抱っこやおんぶをして子守唄を歌うというのは、大事な知恵のひとつでしょう。しかも、それが「言葉の始まり」ではないかとも言われ始めています。そこで今最も関心を持っている「情報」の中でも、特に興味深い「言葉」について考えているうちに、子守唄に関心が向いたのです。60年前に教えられた科学的育児には、子守唄は入っていませんでした。今も何も分かってはいないのだと肝に銘じながら、子守唄のお仲間の話に耳を傾けています。


中村桂子 (名誉館長)
名誉館長よりご挨拶