中村桂子のちょっと一言
2026.07.01
靴さえあれば
オニオンスープを作ろうと、玉ねぎをていねいに炒めながらラジオを聴いていました。6月20日は「難民の日」です。国連誕生以来、今が最も紛争が多く難民も増えているとのこと、世界人口の70人に1人という数字に驚きました。国連は世界のすべての人にとって最も大切な機関のはずですのに、最近は、主要国の首脳による国連を蔑ろにする発言や行動が目につきます。
進歩が便利さを測るだけの言葉になり、人間の質はどう見てもよい方向に進んでいるとは思えません。紛争が増え、それに伴って難民が増え、しかもそれを抑制する役割をもつ国連は大事にされない。このような状態は、進歩どころか劣化でしょう。
難民の話の中で、「靴さえあれば」という男の子の詩が読まれました。靴があればいろいろなことができる……学校に行けるし、お母さんを助けることも、行方不明になっている妹を探しに行くことも。靴がないためにそれができないもどかしさを語る、思いのこもった詩でした。このような子どもが増えているというのですから、これを進んだ社会とは呼べません。
そこで思い出しました。戦後すぐ、中学生だった時のことです。もちろん難民ではなく、平和の中にいましたが、物不足という状態ではありました。何でも配給、時々学校に運動靴が配給されました。一回に2足ほど。50人もいるクラスに2足ですから、くじ引きで当たるのはよほどの幸運です。しかも、当たった子の足の大きさと靴のサイズは、必ずしも一致しません。でも折角当たったのに、諦めるわけにはいきません。細かいことは忘れましたが、合わない靴でも持って帰ったのではなかったかなと思います。それから80年、サイズの合った靴を皆がはける社会にしようと努めてきたつもりでした。そして日本は、物の豊かさとしては十分な社会になりはしました。ところが、これでよかったとは言えません。特に最近、急速に格差社会、争いの社会へと向かっています。心の豊かさを忘れ、自分に合う靴さえあれば他の人のことなどどうでもよいという人が、社会を牽引する社会にしてしまっては、戦後の努力は水の泡になります。
須賀敦子さんが、「きっちり足に合った靴さえあれば、自分はどこまでも歩いていけるはずだ。そう心の中で思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする」と書かれていました。深い意味は抜きにして、靴ってこういうものですね。最近は、幅広のしっかりした靴で地面を踏みしめて歩くようにしています。今年の夏は、薄いグレーのスウェーデンのウォーキングシューズを見つけて、気持ちよく歩いています。誰もが気持ちよく歩ける社会を願いながら。
進歩が便利さを測るだけの言葉になり、人間の質はどう見てもよい方向に進んでいるとは思えません。紛争が増え、それに伴って難民が増え、しかもそれを抑制する役割をもつ国連は大事にされない。このような状態は、進歩どころか劣化でしょう。
難民の話の中で、「靴さえあれば」という男の子の詩が読まれました。靴があればいろいろなことができる……学校に行けるし、お母さんを助けることも、行方不明になっている妹を探しに行くことも。靴がないためにそれができないもどかしさを語る、思いのこもった詩でした。このような子どもが増えているというのですから、これを進んだ社会とは呼べません。
そこで思い出しました。戦後すぐ、中学生だった時のことです。もちろん難民ではなく、平和の中にいましたが、物不足という状態ではありました。何でも配給、時々学校に運動靴が配給されました。一回に2足ほど。50人もいるクラスに2足ですから、くじ引きで当たるのはよほどの幸運です。しかも、当たった子の足の大きさと靴のサイズは、必ずしも一致しません。でも折角当たったのに、諦めるわけにはいきません。細かいことは忘れましたが、合わない靴でも持って帰ったのではなかったかなと思います。それから80年、サイズの合った靴を皆がはける社会にしようと努めてきたつもりでした。そして日本は、物の豊かさとしては十分な社会になりはしました。ところが、これでよかったとは言えません。特に最近、急速に格差社会、争いの社会へと向かっています。心の豊かさを忘れ、自分に合う靴さえあれば他の人のことなどどうでもよいという人が、社会を牽引する社会にしてしまっては、戦後の努力は水の泡になります。
須賀敦子さんが、「きっちり足に合った靴さえあれば、自分はどこまでも歩いていけるはずだ。そう心の中で思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする」と書かれていました。深い意味は抜きにして、靴ってこういうものですね。最近は、幅広のしっかりした靴で地面を踏みしめて歩くようにしています。今年の夏は、薄いグレーのスウェーデンのウォーキングシューズを見つけて、気持ちよく歩いています。誰もが気持ちよく歩ける社会を願いながら。


中村桂子 (名誉館長)
名誉館長よりご挨拶