その他
2026.07.09
足音
雨田祐二
最近友人と、わら縄をなえるか話していました。
今生きている方たちの中でもできる人いなくなったねと話しました。
わらぐつのなかの神様のおみつさんは明治大正期にわら靴を作っていました。
19世紀後半、アルムおんじは木靴を作っていました。
きっと難民を生む戦争は、
はきものを作る仕事も、引き継がれた技も、材料も、道具も、道の安全も、そして気力さえもみんな壊してしまうのだと思います。
人の敵は人・・・互恵でしか生き残れないのに・・・。
「新しい靴を履いた日は それだけで世界が違って見えた」という歌を思い出しました。
2026.07.09
1. 中村桂子(名誉館長)
雨田様
わらぐつや木靴…懐かしい言葉ですね。そこには、日用品は自分でつくる暮らしがあります。決して豊かとは言えないかもしれないけれど、ゆったりした時間が流れていたのでしょう。ナフサやレアメタルはなくても、身近な材料で工夫する暮らしは、心安らかではあります。
また戦時の話ですが、東京の空襲が激しくなり、家族が疎開することになり、集団疎開先に父が迎えに来てくれました。当時もう手に入り難くなっていた革靴を持って。ところで、疎開先の愛知県の小学校にその革靴で行ったら、同級生達がワイワイ騒いでいるのです。皆の足元を見ると藁草履。靴など履いている奴は異端というわけです。早速藁草履を手に入れ、翌日は皆と同じ。お友達になれました。慣れると、軽くて動きやすくて、藁草履で駆け回る生活を楽しみました。
実は、他に疎開してきた仲間で、いじめられていた子がいましたから、今思うと同じでないとはじき出すという社会の問題点を指摘することはできます。その時はそこまで考えず、藁草履を楽しんでいたのでした。
何でも商品という中での戦争は、日常の壊し方が激しいことになりますね。
中村桂子

