中村桂子のちょっと一言
2026.09.15
聴く耳が生きることを支える
先日、これから社会人になるという若い方から、何を大切にしたらよいでしょうとアドバイスを求められました。社会人としての自覚というより自分の思いで暮らしてきましたので、アドバイスなど無理なのですが、年長者としてそれではすまされません。
最近の社会の様子を思いながらのお答えは、「話し合いを大切にすることではないかしら」となりました。あまりにも当たり前と思いましたが、今は当たり前が大事な時なのかも知れません。話し合いというと、どうしても話す側が重視され、話す技術が問題にされますが、大事なのは「聴くこと」です。相手の言葉を充分に理解して、納得したり、疑問を投げかけたりするところから生まれてきた自分の考えを述べる。これでよい関係が生まれ、よい仕事ができるのだと思います。
最近、言いたい放題で聴く耳を持たない人が増殖しているように思います。社会の中で重要な役割を果たすようになればなるほど、聴くことが不可欠のはずですのに、それができない人が目立ちます。国際関係も、聴く耳を持たないために力ずくで動かすしかなくなり、揚句の果てが戦争という最もバカげた行為に走って、多くの人から「生きること」を奪っているのです。世界中で見られる自然災害(明らかに人間の行為が引き起こした気候変動の結果)も、同じことです。
最近いただくコメントが、どれもまさにこのような状況から引き起こされている日常の破壊への疑問や悩みになっていて、心が痛みます。私も思いは同じです。国を護るとは、「生きること」の基本である食・農を支え、災害に向き合うことです。防衛費はこのためにあるもので、武器と称する玩具を持つためのものではないでしょう。
誠実に暮らす人々の声には耳を貸さず、SNSや動画で一方的な発信をするという流れがアメリカから始まり、日本にも流れてきています。生命誌から学ぶ「生きること」を大切にする道をつくりたいという思いが、ますますつのるこの頃です。
最近の社会の様子を思いながらのお答えは、「話し合いを大切にすることではないかしら」となりました。あまりにも当たり前と思いましたが、今は当たり前が大事な時なのかも知れません。話し合いというと、どうしても話す側が重視され、話す技術が問題にされますが、大事なのは「聴くこと」です。相手の言葉を充分に理解して、納得したり、疑問を投げかけたりするところから生まれてきた自分の考えを述べる。これでよい関係が生まれ、よい仕事ができるのだと思います。
最近、言いたい放題で聴く耳を持たない人が増殖しているように思います。社会の中で重要な役割を果たすようになればなるほど、聴くことが不可欠のはずですのに、それができない人が目立ちます。国際関係も、聴く耳を持たないために力ずくで動かすしかなくなり、揚句の果てが戦争という最もバカげた行為に走って、多くの人から「生きること」を奪っているのです。世界中で見られる自然災害(明らかに人間の行為が引き起こした気候変動の結果)も、同じことです。
最近いただくコメントが、どれもまさにこのような状況から引き起こされている日常の破壊への疑問や悩みになっていて、心が痛みます。私も思いは同じです。国を護るとは、「生きること」の基本である食・農を支え、災害に向き合うことです。防衛費はこのためにあるもので、武器と称する玩具を持つためのものではないでしょう。
誠実に暮らす人々の声には耳を貸さず、SNSや動画で一方的な発信をするという流れがアメリカから始まり、日本にも流れてきています。生命誌から学ぶ「生きること」を大切にする道をつくりたいという思いが、ますますつのるこの頃です。


中村桂子 (名誉館長)
名誉館長よりご挨拶