1. トップ
  2. 語り合う
  3. 研究館より
  4. Pエレメント

研究館より

ラボ日記

2021.11.02

Pエレメント

大学院生の頃、ショウジョウバエのラボに所属していました。ショウジョウバエは、突然変異体が多数あり(また、作出することが可能で)、興味ある現象に関わる遺伝子の探索ができる優れた実験動物です。突然変異の誘発に化学物質や放射線を用いた場合、ゲノムのどこに異常が生じたかを特定するのは非常に難しいのですが、その当時、90年代のショウジョウバエ研究では、Pエレメントと呼ばれるトランスポゾンを利用して突然変異体を作出し、異常となった遺伝子を特定することが盛んに行われていました。Pエレメントの挿入が突然変異の原因となっている場合、Pエレメントの配列を手掛かりにその近傍のゲノムを探索することで、変異を起こしている遺伝子を見つけることができるのです。今ではcrisprなどを利用した様々な技術が開発され、狙い撃ちで突然変異を引き起こすこともできますが、当時としては画期的でした。

そのような実験を行っていて時々研究室で話題になったのは、「Pエレメントは遺伝子のプロモーター領域に挿入されていることが多いよね」ということでした。プロモーター領域は遺伝子発現の制御に関わる領域のことです。突然変異体の探索の目的からはPエレメントはゲノム全体に渡って万遍なくランダムに挿入されることが期待されていましたので、当時は「なんでだろ」と思いつつも、あまり追究してはいけないような雰囲気もあったのですが、今、そのことが、遺伝子が発現していることと関連したオープンクロマチンと結びついて、ちょっと嬉しく思っています。ゲノムDNAはヒストンなどのタンパク質に巻きついてコンパクトに細胞の核に収まっていますが、発現している遺伝子のプロモーター領域ではその構造は緩んで開いていることが分かり、転写に関わるタンパク質などがアクセスできるようになっているのだろうと考えられています。そして「開いている」箇所を見つけるために、構造を壊さないように抽出した核に対して、(Pエレメントとは異なるものですが)トランスポゾンを反応させる実験方法が開発され、ここ数年で非常にホットなものとなっています。トランスポゾンが開いている箇所にアクセスし、トランスポゾンの配列を手掛かりにゲノムのどこが開いていたかを特定するというしくみです。開いている箇所にはトランスポゾンもアクセスしやすい、ショウジョウバエのPエレメントもそうだったのね、と、ひとり納得です。(さらに、開いている箇所に挿入されやすいのなら、Pエレメントを使った突然変異体も重要な遺伝子に行き着きやすかったのかも、とも思います。)

オオヒメグモでも、昨年度修士を卒業した南條さんがこの新しい実験方法を行い、卒業間際に夜中までがんばって、おもしろいデータを出しました。岩崎さんのデータとともに論文として日の目を見る日も近いかなと、期待大です。

動物の初期発生に興味を持ち、オオヒメグモを用いて研究しています。