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研究館より

ラボ日記

2022.05.17

論文発表にあたっての感謝

先月、ここ数年かけて行っていた研究が、やっと論文の形として世の中に送り出すことができました(論文解説はこちら)。論文発表は研究者にとって、達成感と喜びを感じるひと時であり、何回を経験しても、それは変わりません。その達成感と喜びは、次の研究へと繋がる原動力にもなります。一方、論文発表までは、長い研究過程があり、そこにも一つ一つ小さな喜び、苦労の重ねと感謝が詰まっています。しかし、論文には最小限の結果と結論しか書くことができず、研究開始から論文発表までの長い道のりの中で生まれたヒューマンドラマは一切出てきません。そこで、今回の日記では、論文発表までの過程を簡単に振り返ったうえ、この研究成果が生まれたヒューマンドラマの一コマを紹介してみたいと思います。

今回の研究は、我々のこれまでの研究の重ねから生まれた課題であり、2017年8月に中国大陸と台湾の研究者と共に実施した中国遠征(研究材料の採集)がその始まりでした。その後、収集した研究材料の解析と材料収集の追加を重ね、論文投稿までは3年半ほどの時間を要しました。また、論文投稿してからも、査読者との議論を通して、解析の追加や論文の修正を行い、実際に雑誌に公表できたのは、投稿から約1年経った先月の8日でした。

 

原論文(リンクはこちら)を読んでいただければお分かりになりますが、研究に用いたイチジクとコバチの材料は中国大陸から、台湾・琉球列島にかけて多くの地点から採集されました。これらの研究材料のどれ一つも本研究の成否に関わる不可欠なものであり、それらを収集するにあたって、論文の著者以外も多くの方々から多大なご協力を頂きました。中でもフォルモサナFicus formosanaとフォルモサナコバチBlastophaga silvestriana(図1)の採集がもっとも困難で、一人の中学校の先生のご協力なしでは決して成し遂げることはできませんでした。

図1.フォルモサナF. formosanaとフォルモサナコバチB. silvestriana(♀)


このイチジクについて、我々が事前に把握できたのは、植物図鑑に記述されている「中国の何々省に分布している」の情報だけで、具体的な分布と生育場所の情報は皆無でした。この情報だけをもって山中の森に入ってF. formosanaを見つけるのは、恐らく海の底から一本の針をすくい上げる如く至難の業でしょう。案の定、5人が丸一日かけて山を歩き回り、探してみましたが、F. formosanaの影も見ることができませんでした。諦めかけたところ、偶々ネットでF. formosanaの写真を見つけ、その写真の撮影主に辿り着くこともできました。植物の写真撮影を趣味に持つ中学校の先生でした。早速連絡を取り案内を依頼しましたところ、快諾をいただきました。その結果、F. formosanaが無事採集できただけでなく、もう1種のイヌビワF. erectaの採集までも案内していただきました。論文の謝辞にお名前を記述させていただきましたが、感謝しきれない気持ちがいっぱいです。

今回の論文の掲載に至る過程の中で、もう一つ言及しておきたいのは論文の査読です。論文の査読は、研究成果を公にする前の審査のようなものですが、査読者は必ずしも自分の研究を完全に理解しているとは限りません。従って、ピント外れの意見ももちろんあります。査読者との議論は、自分の主張を通すための「戦い」と表現する著者も少なくありません。確かに、査読者とのやり取りは時には非常に厳しいものにもなりますが、戦いを通して相手を負かすのではなく、あくまでも査読者とともにより良い論文にする過程の一つであると私は捉えたいです。実際、今回の論文は3名の査読者のそれぞれの視点から多くの建設的な意見をいただきました。それらの意見を取り入れるために、追加の解析や論文の修正を余儀なくされ、論文掲載までに時間を要しましたが、結果的にはより良い論文を仕上げることができたと思っています。3名の査読者に心より感謝したいと思います。ちなみに、著者と査読者との議論のやり取りは、一部の雑誌では最近公表されることになりました。それは素晴らしい取り組みであり、きっとより建設的な議論になることに役に立つでしょう。
 

蘇 智慧 (室長)

所属: 系統進化研究室

カイコの休眠機構の研究で学位を取得しましたが、オサムシの魅力に惹かれ、進化の道へと進みました。1994年から現在に至るまで、ずっとJT生命誌研究館で研究生活を送ってきました。オサムシの系統と進化の研究から出発し、昆虫類をはじめとする節足動物の系統進化、イチジク属植物を始めとする生物の相互作用と種分化機構の研究を行っています。