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研究館より

ラボ日記

2026.05.15

見えない世界を想像するということ

 先日、映画LOST LAND/ロストランドを観ました。エンドロールが流れ始めても、しばらく席を立つことができず、胸の奥が静かに揺れ続けているような感覚に陥りました。
 この作品は、世界で最も迫害を受けてきた民族の一つとされる、ロヒンギャの人々が置かれてきた過酷な現実を、淡々と、逃げ場のないほどの静けさで描いています。映画の中では特に、主人公である小さな姉弟の、場面ごとに変わる表情の細やかな変化が印象的でした。多くを語らないからこそ、彼らの沈黙が胸に迫り、限られた台詞のひとつひとつが、深い余韻を残しました。
 この静けさを描き切った藤元明緒監督に、深い敬意を抱きました。

 思えば私は学生の頃から、映画や小説の世界に浸るのが好きでした。自分の知らない世界を想像し、自分とは異なる誰かの人生をほんの少し生きてみる。その体験が、心をそっと揺らす、静かな余韻を残す時間でした。物語の中で出会う他者の視点は、いつも自分の世界を少しだけ広げてくれるものです。
 人は、動物の中でもとりわけ“想像する”ことができる存在です。自分の目に映らない世界を思い描き、他者がどのように世界を感じているのかを想像する。その力があるからこそ、私たちは他者を理解しようとすることができるし、見えないものに手を伸ばすことができます。

 研究の世界では、私たちは常に“見えないもの”を相手にしています。細胞の中で何が起きているのか、遠い生物進化の過程でどんな変化があったのか。顕微鏡の視野の外に広がる膨大な営みを思い描く力がなければ、問いも仮説も生まれません。想像力は、科学を前に進めるための大切な道具なのだと、常々感じています。

 見えない世界を想像することで、私たちは時に、自分の視野の外にある世界をそっと覗くことができます。これからも、想像する力を大切にして生きていきたいと思います。 

黒田純平 (室長)

所属: 形態発生研究室

色々な生物の形態形成に興味を持っていますが、主にゼブラフィッシュを研究材料として、細胞がコラーゲンの構造体との相互作用を介して構築する身体の形態形成原理を解き明かそうと研究をしています。