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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【新しい年を迎えました】

2005.1.5 

中村桂子館長
 昨年夏に中村の母が97歳の誕生日を目前にして他界いたしましたので、おめでとうございますをご遠慮させていただきます。四人の親と別れ、それぞれから受け継いだものを大切にしなければいけないと改めて思っています。
 昨年の暮れにランビル国立公園(マレーシア・サラワク州)を訪れることができました。年末に時間がとれるかしらと思う中で、実際の滞在は二日間という短いものでしたが、行ってよかったと思っています。御存知の方も多いと思いますが、ここは、日本の生態学や地球環境研究の拠点で、それを作ったのが故井上民二さんです。ちょうど私が生命誌研究館づくりに熱中していた頃、京大で生態学の新しい研究方法、拠点、グループづくりを着実に進めていらっしゃいました。基本理念と方法論をしっかりお持ちで、情熱のかたまりのように熱心にプロジェクトを進めているのに穏やかで、魅力的で・・・本当に尊敬できる研究者でした。ランビルの研究拠点も生命誌研究館もそれぞれ軌道に乗り始め、一度ランビルに来るように誘って下さってので、私の方も「季刊・生命誌」での対談のお相手をお願いしました。「喜んで受けるけれど、今ランビルで学生たちが待っているので、どうしても行ってやらなければならない。帰ってきたら話しますよ。」と言って出かけていらしたその旅で飛行機が落ちてしまったのです。本当に惜しい人を失ったと、今も残念さは消えません。でも方法、拠点、グループなどを確実に作っていらしたので、それは後にきちんと受け継がれて、着実に研究が進んでいるのが素晴らしい。御本人がいらっしゃらなくなっても消えずにきちんとつながっていくところが本物なのだと思います。
 そしてやっと訪れる機会が持てたランビル。一日目は曇りで、あまり暑くもなく快適。高い所は得意ではないので地上35mのタワーに一段一段自分の脚で登れるか不安だったのですが、周囲が深い緑なので高所感があまりなかったのが幸いでした。何度も写真で見ている風景なのでなんだか初めてのような気がしないという気持と、緑と言っても一本一本、色や葉の形が違う樹がどこまでも広がっている圧倒的存在感に接する初めての感覚とが入り混ったふしぎな体験でした。次の日は80mのクレーンにゴンドラで登る体験をしました。同じ80mでもまったくの自然の中は高層ビルのそれとは違います。頂上に75mの腕が出ていて、その端まで移動できますので、半径75m、高さ80mの中をゴンドラで自由に移動できるわけです。三次元空間をすべて調べる・・・そこから熱帯林の顔が見えてくるだろうというわけです。成果がとても楽しみなプロジェクトですが、現地の研究者ジョアンさん、総合地球環境研の中静透、京大の酒井章子、大阪教育大の乾陽子の諸先生に東大の大学院生新君と堀内君という皆さんが研究の時間をさいて案内して下さったおかげで、オオバギと共生するアリ、さまざまな形のハチの巣、アリの巣、トリバネアゲハなどたくさんの蝶、しめ殺しのイチジクなどなど、二日間にしては盛りだくさんの体験ができました。サラワク在住の人が話してくれたこの地の文化的特徴も興味深いもので充実した日が過ごせました。何より、急に降ってきた雨がいつ止むかわからないまま待っていてもあまりイライラせずに、ゆったり流れる時間の中で過ごせたこと、国立公園の食堂での昼食のビーフンが美味しかったこと。嫌なことの多かった2004年の最後によい体験ができ、2005年をよい年にするきっかけにできたら嬉しいと思っています。
 
 
 【中村桂子】


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