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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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幾万の雛わだつみを漂へる(長谷川櫂)

2012.2.15

中村桂子館長
 長谷川櫂さんの「震災句集」が出ました。「俳人なのに震災直後は短歌が次々生まれた。感情を十分に表現するのには少なくとも三十一文字が必要なのだろう。それに対して俳句は「間」に語らせる。この「間」つまり沈黙が時として言葉以上に雄弁なのだが、そのためには、空間的・時間的距離が必要だ。」とあります。
 日本の文化の特徴は間だと言われます。長谷川さんは以前、「間取り」の空間、「間をおく」の時間、「間が悪い」の心理という形で私たちの生活・文化が間の中にあることを書かれていました。これがうまくできないと「間違い」、これに気づかないと「間抜け」だとも。なるほどと思いました。そして今回、この間があるためには空間的・時間的距離、つまり余裕が必要だという指摘に、またなるほどと思った次第です。あまりにも余裕のない生活をしてきてしまったことを考え直す時ですね。
 句集の中の句はどれも心を打ちますが、「幾万の雛わだつみを漂へる」には私的にグッと来ました。実は1945年3月10日が東京大空襲。これをきっかけに疎開することになりました。荷物はほとんど送れません。母は、その時まだ出してあったお雛様をそのままに家を離れたのです。我が家も5月25日の空襲で焼失、それを知った時まず思ったのがお雛様でした。焼かれていく様子が眼の前に見え、その光景は今でも時々眼に浮かびます(実際に見てはいないのに)。もうすぐ雛祭り。さまざまな思いのこもったお雛様が津波で流され漂っているだろうと思うとたまらない気持になります。

 【中村桂子】


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