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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【ヨーロッパ進化発生学会印象記】

秋山-小田康子

 少し前になりますが、8月にチェコのプラハで開かれたヨーロッパの進化発生学会に参加しました。そのときの印象を少し書いてみます。
 まず感じたのは純粋にサイエンスを楽しむ雰囲気です。一見突飛に思える考え方でも、きちんとデータが提示されていれば邪険に扱ったりはしない、また発表者の側もデータに基づいて自由に可能性を述べる、といったルールがあるようでした。とは言っても、どれだけ客観的なデータを積み重ねられているかが、その研究の評価のポイントであることは間違いなく、着実なデータを出している人には発表後の拍手が大きかったように思います。また、生物の進化に関しては基本的にはまだ分かっていない、というのがコンセンサスのようでした。だからこそ、自由な発想の元に研究を進める雰囲気があるのだと思います。
もうひとつ感動したのは、「理学」が明らかに存在していた、ということです。応用や役に立つことをうたった発表は、私の気づいたところ約300の演題のうち、ひとつのポスターだけで、皆が当然のように「役に立たない」研究の発表をしているのは新鮮ですらありました。日本ではBRHを一歩出ると、「何の役に立つのか?」という質問にさらされます。その意味するところは、ごく短期間に人間の生活が便利になったり、病気が治ったり、新しい製品が開発できたりするのか? ということです。もちろん、そのような研究がなされることに疑問をもちません。しかし、短期的には役立たなくても、真理を追究する重要な研究は確かに存在するはずです。そしてそのような研究に対する理解がヨーロッパでははるかに進んでいるようでした。
 具体的な発表で多少驚異的に感じたのは、ゲノムの解読が終了した生物の研究が飛躍的に進んでいることです。そのうちのひとつ、コクヌストモドキ(甲虫)では、遺伝子の配列の情報とRNA干渉法を組み合わせて、体系的に遺伝子機能が解析されていました。節足動物の発生現象の中で多くの研究者の関心を集めている体節形成、特に体の後側の体節を作り出す尾葉の形成に関わる遺伝子もどんどん同定されているようです。これに関連して面白かったのは(学会後にCell誌に掲載された研究なのですが)4つの短いペプチドをコードする遺伝子が体節形成に働いているという発表です。これらのペプチドの生化学的な機能はまだ分かっていないようですが、ペプチドが転写因子のようなタンパク質を、細胞を越えて運搬しているのかも知れない、そしてそれが細胞化した状況下においてタンパク質の濃度勾配を作り出す役割をしているのかも知れない、という考えを述べていました。もし本当であるなら非常に興味深いことです。
 私たちの研究と関連したことでは、ホヤの方がナメクジウオより脊椎動物に近い、という考え方が既にコンセンサスを得ているようでした。これは私としても非常に嬉しいことです。またクモの研究も論文が出てすぐのタイミングで学会に参加できたのが良かったようで、好評を得たと思っています。これまで他の種類のクモを扱っていたドイツのグループも私たちと同じオオヒメグモを研究に使い出し、協力してゲノムプロジェクトを動かそう、などと話をしました。実現するのかどうかは今後の私たちの研究の進展にかかっているのでしょう。充実した気持ちで学会を終えることができました。



[ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ 秋山-小田康子]

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