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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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基礎研究は全ての人の役に立つ

2018年3月1日

尾崎克久

JT生命誌研究館の研究セクターでは、生物学の基礎研究を行っています。見学の高校生を始め、一般の方に研究のお話をする機会が多い方だと思うのですが、時々「この研究は何の役に立つんですか?」という質問が出ます。マスメディア関係者が取材にいらっしゃると、必ず聞かれる質問でもあります。

基礎研究とは役に立たないもの?

この場合の「役に立つか?」という問いは、主に経済活動に貢献するかという意味が込められていると思います。そういった意味を“忖度”して、基礎研究を行っている学者さんは「全く役に立ちません」と答える人が多いのではないかと感じます。

実際、小柴昌俊先生がニュートリノの研究で2002年のノーベル物理学賞を受賞した際に、マスメディアの方に何かの役にたつのかと聞かれ、「全く役に立たない」と明快に答えていらっしゃいました。ノーベル賞受賞者を持ってしても「役に立たない」と言わしめる基礎研究は、無駄なものという印象を抱いてしまう人もいるのではないかと心配になりますね。そんな学者どもの趣味みたいものなんぞに税金を投入するとはけしからん!という話になってしまいそうです。

さて、基礎研究は本当に役に立たないのでしょうか。

基礎研究とは何か

まず、基礎研究とはなんでしょうか。高校の授業科目など、例えば数学ですが、基礎と応用がありますね。ここでいう基礎とは、身につけておくべき必要最小限の知識というニュアンスがあって、応用とは難易度が高い問題を解くために基礎で得た知識を活用して挑戦するというニュアンスがあると思います。

しかし、科学研究でいう基礎と応用は、こういった意味合いとは全く異なります。科学の分野でいう基礎研究とは、実用化などを意識しないで純粋に知的好奇心によって行われる研究のことを言います。実験によって証拠を積み上げて、理論や仮説を検証し、新しい知識を得るための活動です。難易度や上下関係ではないのです。

これに対し、応用研究というのは、将来的な実用化など明確な目標を定めた研究のことです。医薬品の開発や、工学系の研究の多くがこれに含まれるのではないでしょうか。

さらに開発研究という分類もあり、基礎・応用研究から得られた知識を活かして、具体的な製品化や既存の仕組みを改良する研究が含まれます。民間企業で行われる研究は、開発研究になる場合が多いだろうと思います。

近年では産学官の連携が叫ばれ、応用研究が重視、というより偏重されていると感じます。そのような背景があって、ますます「その成果は何の役に立つのか?」という質問が乱発されているのではないかと思います。

こうしてみると、ますます基礎研究なんて学者の趣味じゃねぇかという雰囲気になりそうですね。

基礎研究の重要性

個人的に、基礎研究はとても重要なものであり、全ての人に役立つものでもあると考えています。完全に個人的な見解ですが、理由を以下で説明していきましょう。

極論すれば、人間の活動は皆、以下の三つを順番に繰り返しています。

1. 情報収集
2. 状況判断
3. 行動の選択

規模の大小は様々ですが、人生とはこれの連続です。仕事でも生活でも遊びでも同じです。

例えば、買い物をするときは、その製品について価格や何ができるのかといった情報を集め、自分にとって必要か否かを判断し、購入するかしないかという選択をします。その製品について、内容やお店ごとの価格の違いなど、持っている情報が多ければ正確な判断を下して正しい行動を選択できる可能性が高まりますし、よく知らなければ判断や行動の選択を間違えてしまうかもしれません。

日常生活の中の行動だけではありません。 進学先や就職先の選択などもそうです。人生の岐路に立たされた時にも、どうするべきか判断して行動を選択する必要が生じます。その時に、情報が多いほど、判断と選択を間違う可能性を下げることができるのです。

この場合の情報とは、知識に読み替えることもできるでしょう。誰が、いつ、どのような場面で判断をしなければならないという状況になるかはわかりませんので、利用できる知識がたくさんあるというのは、それだけで人類の役に立つ可能性を秘めていると言えるでしょう。

なぜ勉強しなければならないのかといえば、知識を増やして正しい判断ができるようになるためですし、その大本となる情報を増やす活動である基礎研究は、全ての人にとってとても大切なものだと思います。

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