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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【冬に考える】

山岸 敦
 2月4日の土曜日午後、今年度の定期イベントの最後を飾る『実験室見学ツアー』が開催されました。私たちは3月を除いて月に1回はなにかしらの催しを行っており、その準備や対応をするのも大事な仕事の一つです。
毎月の催しを担当していますと、何回も足を運んで下さる常連の方と顔なじみになります。そして今の時分は、そういった常連さんの高校生から、「もうすぐ受験です」とか、「志望学部に受かりました」という報告を受けることがあります。大学で生物学に取り組みたいというみなさん、将来は面白い研究をして、是非『生命誌』で取材をさせて下さい。
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  私が受験生だったのは15年前のこと。今年と同じように寒い冬だったと記憶しています。それと共に思い出すのは戦争のニュース。前年から続いていた湾岸危機は、国連がイラクに対してクウェート撤退の期限とした1月15日(大学入試センター試験の翌日)が過ぎ、多国籍軍が空爆を開始して「湾岸戦争」となりました。そして2月24日(国公立大前期試験の前日)、空爆を停止した多国籍軍は地上戦に突入。このニュースは試験を受けるため泊まっていたホテルで見ていました。受験という現実問題に集中しなければならない一方で、戦争という大問題が現実に起こっていることになんとも複雑な思いがしました。
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  それから4年後の1995年、志望通り生物学を学べる学部に進んだ私は、卒業論文の作成に追われる日々を送っていました。1月17日に阪神地方を襲った大地震は遠く離れた東海地方でも震度3の揺れとなり、寝不足気味の私も飛び起きました。直後の電話で実家の無事はわかったものの、大学に出ると卒論を書きながらも関西出身者が自然に集まって、お互いの乏しい情報を交換しあいました。
あとから聞いた話ですが、私の父は神戸の親戚に水と食料を届けにバイクで向かい、夜になった帰り道、真っ暗な市街に所々火が出ているのを見て「空襲を思い出した」そうです。戦争は私にとって遠い昔の話ですが、大阪が空爆された半世紀前、ちょっと爆撃の位置が違っていたくらいで私も生まれる機会はなかったであろうというくらいには、私に関係することなのだと改めて感じました。以来、自分と戦争を結びつけるのは夏の終戦記念日ではなく、冬のこのような時期となっています。
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  この文章を書いている「私」は今確かに存在しているのですが、過去を遡れば大なり小なりの偶然が重なって私が誕生したのでしょう。それでは私が「ヒト」の一員として誕生したことは、どう考えればいいのでしょうか?(ヒトの誕生は生物進化の中で偶然のことだったかもしれませんが)。私が今取り組んでいる 『生命誌講義』では、生きものとして「ヒト」を見ることと、唯一無二の存在として「個人(患者さん)」を捉える両方の見方について伝えたいと思っています。ヒト(や他の種)を地球上に登場させた生きものの歴史と、個人がこの世に生まれ一生を過ごすということを、ゲノムから考えています。


[ 山岸 敦 ]

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