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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【トンデモ科学か、物語か】

2019年3月1日

平川美夏

トンデモ科学か、物語か『あそぶ』が刊行になり、養老孟司さんが解説を書かれています。その最後で完全変態の昆虫の起源について触れ、「イモムシに成虫が共生して生まれた」というアイディアをゲノムで解けないかという問いを投げかけられました。これについては、ドナルド・ウィリアムソンが、イモムシの起源はカギムシであるという説を唱えています。この論文を真核生物の共生説のリン・マーギュリスが採択して共生説つながりの身びいきと揶揄され、「トンデモ科学」扱いだったようです。確かに現生のカギムシは唯一の有爪動物門で、他とは懸け離れた生きものですが、カンブリア爆発でおなじみのアノマロカリスやハルキゲニアに近い仲間らしいので、その頃に起源をたどればあり得なくはなさそうです。上橋菜穂子さんとの対談で触れた「破壊する創造者」を書いたフランク・ライアンが”Metamorphosis(変態)”という本で、ウィリアムソンのことを書いていて、奇想天外であってもこのくらい大胆な発想をしないとイモムシが蝶になる不思議は解けないと納得します。カギムシも不完全変態昆虫もゲノムサイズがヒトの倍もあるようで、まだデータ不足ですが、宿題として心したいです。

科学には、測定やその数字、分子の単離とその同定など、現在の技術相応の精度が求められます。その積み重ねが知識になり未来の礎になるのですが、生命誌の研究は、まだわかっていない生きものの不思議に答える問いをもち、解き明かすことで大胆な物語を語るのだと考えています。ところが、紙面のデータが古くなっていると、つい、数字をコソコソ直して正確ぶりたくなるのが悪い癖なのです。宇宙物理学者の須藤靖さんが「宇宙の果ては、138億光年ではなく470億光年向こうにあるが、どちらでも大した問題ではない」とおっしゃっていました。壮大な物語の本質に目を向けて、数百億光年なんてどうでもいいんだ、と言えるくらいになりたいものです。

[ 平川 美夏 ]

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