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みんなの広場

生命誌について

2026.03.02

お元気で何よりです

参照記事「研究館より」

かも

お幾つになってもお元気で何よりです。私も漸くこの正月で80になりました。先生とは誕生月も同じで丁度10年遅れ言うことになります。
まだまだ元気でやる気はあるのですがそれでも体力は落ちたかなと実感するこの頃です。
先日も仕事の材料を、今後10年も使えるほど買い込んでしまい、女房には、幾つまで仕事する気なのかとクレームを付けられてしまいました。
中々仕事仕舞いという気分になれず、つい歳も忘れてと言うのも実感です。
それでも、毎日楽しみがあって、一つ一つの出来事がこれで良しとけりを付けていくものが大いなる充実に繋がっています。
まだまだ引退できそうもありません。
考えてみると、私の祖母は、明治15年生まれで94歳で亡くなるまで元気で過ごしていましたから、日清戦争の前の時代にまで繋がっていると考えると人の一生の長さというのがしみじみと感じられます。
私も、ぴったり戦後80年を生きて、戦後の平和国家建設の中で復興、高度成長、其のバブルの崩壊と時代が大きく変わってきたのを実感しています。
有難いのは、この国が平和であったことです。
其の平和は、天からの授かり物では無くて、最悪の混乱と失敗の経験から人々が学んで、平和こそ何よりの宝だと体感してきてそれを実践してきたことの大きな成果だったと思います。
私達の世代は、大人達が其の辛苦混乱の中で、子供達のために、この子供達が幸せでありますようにと祈り、生きる縁、手がかりとして支えてくれたことの証として今があるのだと実感します。
平和とは、誰もが等しく同じように考えて、異論も反論もなしにともに祈り願って初めて実現するものだと思っています。
其の希有な時代がこの80年を作り出してきたのだなと考えていす。
また戦争が始まりました。
どんな理由を付けようと、他国の指導者を殺害するために攻撃をするという野蛮は許していけません。

2026.03.03

1. 中村桂子(名誉館長)

かもさま
 ありがとうございます。
 私の場合、自分が大事と思うことを仕事にしてきましたので、有難いことに仕事が辛かったり、面倒だったりしたことはありません。とは言え、現役の時にはそれなりのお役目はありました。今やそれがなくなりましたので、仕事という感覚は消えました。
昨年後半は、「沈黙の春」」を中心に、レイチェル・カーソンの本を読み直しました。
もし、カーソンが生きていたら、生命誌に賛同して下さるだろうなと、勝手に思いながら。それを本にまとめはしましたが、残ったのは楽しかったなという思いで、仕事感はなし。このような時間がもてるのだから、歳を取るのは悪くないと、相変わらず今を楽しんでいます。
 因みに、できた本は、すごい古典入門というシリーズの中の1冊で、
   レイチェル・カーソン「沈黙の春」―科学に「いのち」は見えてるの?   
です。
 お目に留まったら嬉しいです。

                          中村桂子

2026.03.12

2. かも

有り難うございました。
沈黙の春は私も50年ほども前に読みました。英文の版も読みやすくて英語の勉強に丁度良かったのを覚えています。何より、DDT,BHCは私達の時代そのものです。寝る前には布団の中にしゅ、しゅと撒いて寝るのが常でした。農薬の空中散布も通学の途中に早朝の風の無い時間帯にヘリが飛んでいるのが見えました。屋根が白くなるほどというイメージはありませんでしたがそれでも広面積を多量に農薬を撒いていたのを覚えています。
沈黙の春の感想は、農薬を撒いたのは農民だけれども、その農薬が安全無害で何の不具合も無いから心配ないとい言うのがメーターの一番のうたい文句でした。其の効果が絶大で、農民にすれば夢のようなことでした。
化学肥料も、硫安が出来て、リン酸カリ肥料が出来てこれだけで作物が造れるとメーカーの大々的宣伝があって其の言われたとおりに農民は信じて使っていたのです。
清浄野菜という言葉がありました。其の心は、肥料に糞尿を遣わないというのが大きな売りだってのです。
湯飲みに一杯の海人草を飲んで回虫駆除をしたのも忘れられない記憶です。
その後パラチオン系の農薬や水銀製剤も普通に使われた時代がああって其の毒性が問題になり時間をかけて低毒か生物起源製剤などが開発されて今日に至って言います。其の一つ一つを具に見てきました。
定年後、家の周りで野菜を作り、花を育て、リンゴやブドウなしなども植えて農業の真似事をしながら過ごしていえます。
野菜を作ってみて感じるのは、例えばキャベツを育ててそこにモンシロチョウが2、3匹飛んでくるともうアウトです。殺虫剤を使わなければあっという間に青虫に襲われてキャベツが全滅します。リンゴでも無農薬で育てようとすると、秋の丸々と大きくなったところで腐って黒くなってボタボタの落ちてしまいます。ブドウも秋甘みがあのって来る頃に腐ってしまって一つも食べらません。
農業に於いてあらゆる作物は、無農薬では全く育てられません。化学肥料が無くては米もトウモロコシも野菜も育ちません。
農業は、農薬メーカーの不断の研究開発によって安全で無害な農薬を作っていくしかありません。堆肥を使わない農業は成立しませんが、化学肥料の無い農業も成立しません。
沈黙の春は、当にその出発点の記念碑的物語になりました。
私が今一番危惧しているのは、温暖化による海水温の上昇によって海域での有機物の消費量が増えてえ栄養塩が不足して、海藻が育たず、底泥の有機物を餌にしている貝類や甲殻類が至る所で絶滅していることです。
海が砂漠化しています。珊瑚礁の白化も単に水温が上がったからというのでは無く、食物連鎖の起点となる有機物の絶対量が減ってしまったからと思います。
森林資源も含めて、地上には余剰の有機物はありません。樹木が炭酸ガスを発生しないという理由で再生可能エネルギーとして使われるのは間違いです。
本来、朽ちて、微生物を育てていた食物連鎖の起点を奪ってしまえば地球は間違いなく痩せてしまいます。
恐れるべきはそのことでは無いでしょうか。

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