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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【チョウの鱗粉】

吉田昭広
 最近、チョウの鱗粉についての解説を依頼されることがあり、それに対する「回答」の一つとして、鱗粉の機能(はたらき)を短くまとめて報告せねばなりませんでした。ご存じの方が多いと思いますが、鱗粉とはチョウ(やガ)に触れたときに指などに付着する「粉」のようなものです。
 他の研究者の文献もあらためて検討し、私自身の経験・見解も含めて10個(もっとあると思いますが。)の機能を列挙し、それぞれ短く解説していきました。私は「鱗粉の機能」を直接研究しているわけではないのですが、鱗粉の機能の一つである「撥水性」(=水をはじく性質)などは、その性質をわかりやすく示す簡単なデモ実験が行えるので、当館の「実験室見学ツアー」などで訪ねて来られる方々に対して、「デモ実験」を行って「鱗粉の機能」の一端をお示しすることもあります。
 私はしばしばチョウの鱗粉を「1個の細胞です。」と紹介します。これはもちろんウソではありませんが、実は「1個の細胞表面に薄く分泌されたクチクラ」と言うほうがもっと正確です。(「クチクラ」は、「殻」の一種と思ってください。)細胞のほうはクチクラを分泌し終えると退化してなくなってしまい、それまでに分泌されたクチクラでできた「構造物」(色素を大量に含むことが多い。)を鱗粉と呼んでいるというわけです。ただし、細胞は退化の直前には鱗粉とほとんど同じ形態なので、長い説明を加えるより「鱗粉は1個の細胞です。」と端的に言わせてもらっています。しかし鱗粉を端的に、そしてより正しく表現するには、「細胞の抜け殻」と呼ぶことが適当でないかと思うようになりました。
 実は私は今「鱗粉細胞」が規則的に配列するしくみを研究していて、(先にも述べたように)「鱗粉の機能」を直接研究しているわけではありません。しかし「機能」に興味をもたれる方が少なくないせいか、今回のように依頼を受けて、あらためて考え検討せねばならぬ機会が今まで幾度かありました。毎回そんなに著しい「考えの進展」はないのですが、「細胞の抜け殻」がそれほど多くの機能を発揮できることには、奇妙とも驚異とも不思議ともつかぬ印象をあらためて受けてしまいます。



[チョウのハネの形づくりラボ 吉田昭広]

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