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Special Story

生命のシンフォニー 共進化する蝶と食草

昆虫少年が探った蝶の味覚の記憶:吉川 寛

私はバクテリアの枯草菌や酵母のDNAの複製研究が専門だが、蝶が好きでもう50年も昆虫少年をやっている。この道ではアマチュアながら食草との関係は昔から興味があった。

アゲハチョウの仲間は国内だけでも十数種類が生息している。個々のアゲハにはそれぞれに特異的な食草があり、食性の変化と種の分化と進化には強い相関関係があると考えられる。進化の頂点にいるのはアオスジアゲハで、クスノキを食草とする。春の女神として親しまれているギフチョウは、反対に古い性質をよく保存しており、アゲハの仲間では原種に近いとされる。その食草カンアオイは、おそらくアゲハの仲間が現れたころの最初の食草と考えられている。食性変化の筋道をたどり、種分化や進化のメカニズムに接近する一つの方法として、食性の記憶を探ってみた。

十数年前、金沢の自宅やその周辺などで卵や幼虫が多数手に入るナミ、キ、アオスジ、モンキ、ジャコウ、ギフの6種のアゲハと、東大医学部で一時大繁殖した外来種のホソオチョウにカンアオイを与えて飼育した。また、同じ7種をカンアオイの近縁種であるウマノスズクサで育ててみた。

食性に過去の記憶が反映しているものならば、進化の上位にある蝶は、進化の下位にある食草も食べる可能性がある。やってみると期待どおり、ギフチョウの上位にある、モンキ、キ、アオスジ、ナミの4種は原種の食草とされるカンアオイを食べ、卵から成虫にまで完全に成長することができた。ギフチョウはウマノスズクサをカンアオイとほとんど区別なくよく食べ、よく育った。ウマノスズクサを食草とするジャコウアゲハ、ホソオチョウの2種は、たとえ餓死してもカンアオイを受けつけようとしなかった。

蝶の食性の記憶が進化の時間を確かに反映したものならば、アゲハはウマノスズクサ型からカンアオイ型を経て多様化したと考えてもいいのではないだろうか。ジャコウやホソオといったウマノスズクサ型は熱帯地域で多種類に分化し、多くはギフチョウの上位に進化したとされている。しかし、蝶の味覚の記憶でみるかぎりでは、ギフチョウのほうがむしろ新しいと考えられる。ジャコウ、ホソオはカンアオイを受けつけないのは、ウマノスズクサ型は一度もカンアオイを食べた経験がないので記憶しようがないからと考えるのである。

ただし予想に反して、カンアオイを食べることのできるモンキアゲハ、キアゲハなどの上位のものは、わずかに食痕を残す程度で、ウマノスズクサを食草として成長することはできなかった。これはどう解釈すべきか。

アゲハチョウの歴史はおそらく4000万年から2000万年前にさかのぼるだろう。もし味覚の記憶が本当に保存されているならば、関連した遺伝子の存在を予想させる。どのような遺伝子ファミリーがこの食性の特殊性を支配しているのだろうか。専門家のご登場を希う。

(よしかわ・ひろし/奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科長)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

 

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